クオリティファクター:財務健全性が生み出す超過リターン

概論:「良い会社」を科学する

「質の高い、良い会社に投資すべきだ」――これは、ウォーレン・バフェットのような伝説的な投資家が長年実践してきた、投資の王道とも言える哲学です。しかし、「良い会社」とは具体的に何を指すのでしょうか?この直感的でありながら曖昧な概念を、客観的なデータと統計的な分析を用いて体系化したものがクオリティファクターです。

クオリティファクターとは、財務的に健全で、収益性が高く、安定した成長を遂げている「質の高い」企業群の株式が、そうでない「質の低い(ジャンク)」企業群の株式を、長期的にアウトパフォームする傾向があるというアノマリー(経験則)を指します。

このファクターの定義は研究者によって様々ですが、現代の金融研究において最も広く受け入れられているのが、クリフ・アスネス、アンドレア・フラッツィーニ、ラッセ・ペデルセンによる2019年の論文「Quality Minus Junk」で提示された枠組みです [1]。彼らは、クオリティを収益性 (Profitability)成長性 (Growth)、安全性 (Safety)という3つの主要な要素を統合した複合的な指標として定義しました。

クオリティという概念のルーツは、古くからの学術研究に遡ることができます。例えば、リチャード・スローンによる1996年の研究は、会計上の利益(純利益)が、実際の現金収入を伴わない「発生主義項目(Accruals)」にどれだけ依存しているかを分析しました。そして、発生主義項目の割合が高い(すなわち利益の質が低い)企業の株価は、将来的にアンダーパフォームすることを発見しました [2]。これは、クオリティの「収益性」の側面、特に利益の「質」に着目した先駆的な研究と言えます。

また、ロバート・ノヴィーマークスによる2013年の研究は、売上総利益を総資産で割った「グロス・プロフィタビリティ」というシンプルな指標が、将来のリターンを強力に予測することを示しました [3]。これもまた、クオリティの「収益性」の柱を強力に裏付けるものです。

クオリティファクターとは、こうした個別の研究で明らかにされてきた「儲ける力」や「安定性」といった複数の優良な特性を組み合わせ、より頑健なリターンの源泉を捉えようとする、洗練された投資戦略なのです。


長短の解説と収益事例の紹介

長所、強み、いい点について

防御的な特性と安定性

クオリティの高い企業は、一般的に安定した収益基盤、健全な財務体質、そして低い負債比率といった特徴を持っています。これらの特性は、経済が後退局面に入ったり、市場全体が混乱に見舞われたりした際に、「防御的(ディフェンシブ)」な強みを発揮します。景気が悪化しても、質の高い企業は安定したキャッシュフローを生み出し続けるため、倒産リスクが低く、株価の下落も相対的に緩やかになる傾向があります。

収益事例:グローバル市場で観測される「クオリティ・プレミアム」

クオリティファクターの有効性は、長期間の歴史的データと、国境を越えたグローバルな市場で力強く確認されています。

アスネスらの研究では、1956年から2016年までの米国市場において、「クオリティ・マイナス・ジャンク(QMJ)」、すなわち質の高い企業を買い、質の低い企業を売る戦略は、年率6.25%の超過リターンを生み出し、シャープレシオは0.66に達しました。さらに、この戦略は米国だけでなく、調査対象となった24カ国のうち22カ国で統計的に有意なプラスのリターンを示し、その普遍性が証明されています [1]。

また、クオリティの「安全性」の側面は、別の角度からもその有効性が示されています。キャンベル、ヒルシャー、シラジーによる2008年の研究は、企業の財務データから計算される「倒産確率」が、将来のリターンを強力に予測する(負の)指標であることを発見しました。倒産確率が高い、つまり安全性が極端に低い企業のポートフォリオは、市場平均を劇的に下回るパフォーマンスを示したのです [4]。これは裏を返せば、「質の低いジャンク株を避ける」こと自体が、超過リターンの極めて重要な源泉であることを意味します。

短所、欠点、リスクについて

バリュエーション(価格評価)のリスク

クオリティ戦略における最大のリスクは、質の高い企業の株価が、その価値以上に高騰してしまう「クオリティ・トラップ」です。市場の多くの参加者が「良い会社」であると認知しているため、そのプレミアム(人気)が株価に織り込まれ、極端に割高な水準で取引されることが少なくありません。どんなに素晴らしい企業であっても、高値掴みをしてしまえば、その後の投資リターンは低迷します。

定義の曖昧さと陳腐化のリスク

「クオリティ」という言葉は、サイズやバリューといったファクターに比べて、その定義が研究者によって異なり、本質的に曖昧さを含んでいます。

この点について、ファーマとフレンチが提唱した影響力の大きい「5ファクターモデル」は示唆に富んでいます。彼らのモデルは、クオリティと密接に関連する「収益性(Profitability)」と「投資姿勢(Investment)」を、それぞれ独立したファクターとして採用しました。しかし、複数の指標を統合した単一の「クオリティ」というファクターは採用していません [5]。これは、クオリティという概念のどの側面を切り取るかによって結果が変わりうるという、このファクターの定義の難しさ、そして学術界でもその最適な定義について一枚岩ではないという現実を示しています。投資家は、自分が依拠するクオリティ戦略が、具体的に何を測定しているのかを正確に理解する必要があります。なぜ、企業の「質」という情報が、市場で完全に価格に織り込まれず、超過リターンの源泉となり得るのでしょうか。その本質を、当メディアの根幹をなす「非対称性」と「摩擦」の観点から解き明かします。

非対称性と摩擦の視点から

Asymmetry:情報の「質」を見抜く非対称性

クオリティファクターの根源には、単なる情報の有無ではなく、その情報の「質」を評価し、解釈する能力の非対称性が存在します。

多くの投資家は、企業の決算発表で公表されるEPS(一株当たり利益)のような、表面的で分かりやすい数字に反応しがちです。しかし、より洗練された投資家は、その利益が本業のキャッシュ創出力に裏打ちされた「質の高い」ものなのか、それとも会計上の操作(アクルーアル)によって嵩上げされた「質の低い」ものなのかを見抜こうとします [2]。

この会計情報を深掘りして解読する能力の非対称性が、エッジの源泉となります。質の低い利益に踊らされる市場参加者を尻目に、質の高い利益を生み出し続ける企業を適正な価格で仕込む機会が生まれるのです。

また、市場はしばしば、真に質の高い企業が持つ持続的な競争優位性(経済的な堀)を過小評価する傾向があります。市場の平均的な想定よりも長く高い収益性を維持する能力、この「持続性」に対する評価の非対称性も、長期的な超過リターンの源泉となります。

Friction:分析コストと「宝くじ」への誘惑という摩擦

手数料やスプレッドのような基本的な摩擦に加え、クオリティファクターの存続を許している本質的な摩擦は、投資家の認知バイアスと分析コストに根差しています。

分析コストという摩擦

企業のクオリティを正確に評価するためには、財務諸表の脚注まで読み込み、ビジネスモデルの持続可能性を分析するなど、非常に高度で時間のかかる作業が必要です。この「分析コスト」という摩擦が、多くの投資家にとって参入障壁となります。多くの人々がこのコストを支払うことを避けるため、クオリティに関する情報は価格に完全には織り込まれず、分析コストをかけてでも優位性を追求する投資家のために、超過リターンが残り続けるのです。

「宝くじ」への誘惑という認知的摩擦

人間の心理には、低い確率で非常に大きなリターンが得られる可能性のあるもの、すなわち「宝くじ」のような対象を好むという、根深いバイアスが存在します。株式市場においては、倒産寸前だが一発逆転の可能性があるような、低クオリティで投機的な「ジャンク株」がこれに該当します。

多くの投資家がこの種の銘柄に投機的な資金を投じる結果、ジャンク株は本来の価値以上に過大評価され、長期的にはリターンが低迷します [4]。一方で、安定しているが故に刺激の少ないクオリティ株は、相対的に過小評価されるか、少なくとも過大評価されることは避けられます。この「宝くじへの誘惑」という認知的な摩擦が、ジャンク株の過大評価とクオリティ株の過小評価という体系的な価格の歪みを生み出し、クオリティ・プレミアムが存続する土壌を提供しているのです。


用語集

クオリティファクター 財務的に健全で、収益性が高く、安定した成長を遂げている「質の高い」企業の株式が、そうでない企業を長期的にアウトパフォームする傾向。

QMJ (Quality Minus Junk) アスネスらが提唱した、クオリティファクターのリターンを測定するためのポートフォリオ。質の高い(Quality)企業を買い、質の低い(Junk)企業を売る戦略。

収益性 (Profitability) 企業がどれだけ効率的に利益を上げているかを示す度合い。ROEやROA、売上総利益率などが指標となる。

安全性 (Safety) 企業の財務的な安定性や倒産リスクの低さを示す度合い。低い負債比率や低い株価ボラティリティなどが指標となる。

発生主義項目 (Accruals) 会計上の利益と、実際の現金の動き(キャッシュフロー)との差額。この割合が高いと、利益の質が低いと見なされることがある。

ROE (自己資本利益率) 株主が出資したお金(自己資本)を使って、企業がどれだけ効率的に利益を上げたかを示す指標。

ROA (総資産利益率) 企業が保有するすべての資産(総資産)を使って、どれだけ効率的に利益を上げたかを示す指標。

財務レバレッジ 総資産が自己資本の何倍あるかを示す指標。高いほど、借入金への依存度が高いことを意味する。

ベータ 個別の株式が、市場全体の動きに対してどれくらい敏感に反応するかを示す指標。

シャープレシオ リターンを、そのリターンを得るために取ったリスクの大きさで割った値。リスク調整後のパフォーマンスを測る指標。


参考文献一覧

[1] Asness, C. S., Frazzini, A., & Pedersen, L. H. (2019). Quality minus junk. Review of Accounting Studies, 24(1), 34-112.
https://dx.doi.org/10.2139/ssrn.2312432

[2] Sloan, R. (1996). Do stock prices fully reflect information in accruals and cash flows about future earnings?. The Accounting Review, 71(3), 289-315.
https://www.jstor.org/stable/248290

[3] Novy-Marx, R. (2013). The other side of value: The gross profitability premium. Journal of Financial Economics, 108(1), 1-28.
https://doi.org/10.1016/j.jfineco.2013.01.003

[4] Campbell, J. Y., Hilscher, J., & Szilagyi, J. (2008). In search of distress risk. The Journal of Finance, 63(6), 2899-2939.
https://doi.org/10.1111/j.1540-6261.2008.01416.x

[5] Fama, E. F., & French, K. R. (2015). A five-factor asset pricing model. Journal of Financial Economics, 116(1), 1-22.
https://doi.org/10.1016/j.jfineco.2014.10.010

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