インベストメントファクター:なぜ「投資をしない」企業がアウトパフォームするのか?

概論:「成長への投資」に潜む逆説

投資の世界において、「高い成長性」は最も魅力的な響きを持つ言葉の一つです。多くの投資家は、積極的に設備投資やM&Aを行い、事業規模を拡大している企業こそが、将来的に高いリターンをもたらすと信じています。しかし、長年にわたる学術的な実証研究は、この直感に反する、驚くべき事実を明らかにしました。

それが「インベストメント・ファクター」、あるいは「資産成長アノマリー」として知られる現象です。これは、総資産の成長率と将来の株式リターンの間に、頑健な負の相関関係が存在することを指します。つまり、資産を積極的に増やしている企業よりも、資産の成長を抑制している企業の方が、その後の株価パフォーマンスが良い傾向があるのです。

この現象を包括的に検証した代表的な研究が、クーパー、グレン、シルによる2008年の論文です。彼らは、1962年から2003年までの米国市場のデータを分析し、企業の総資産成長率が、その翌年の株式リターンを強力に予測する(負の)指標であることを示しました [1]。

では、なぜこのような直感に反する関係が成立するのでしょうか。その背景には、経営陣の「過剰投資」の問題があると考えられています。ティットマン、ウェイ、シェによる2004年の研究は、企業の資本投資額が大きいほど、その後のリターンが低くなることを見出しました [2]。これは、経営陣が株主価値の最大化よりも、自らの権勢欲のために事業規模の拡大(帝国建設)を優先したり、将来性を過度に楽観視して非効率なプロジェクトにまで過剰に投資してしまったりする「エージェンシー問題」を示唆しています。このような投資は、将来のキャッシュフローを増やすどころか、むしろ株主の価値を破壊してしまうのです。

これらの発見は、アハローニ、グレンディ、ゼンによる2013年の研究などによっても裏付けられ [3]、最終的に2015年、現代ファイナンス理論の権威であるユージinファーマとケネス・フレンチが提唱した「5ファクターモデル」に、正式なファクターとして組み込まれました [4]。

このモデルの中で、インベストメント・ファクターは「CMA(Conservative Minus Aggressive)」というポートフォリオのリターンとして定義されます。CMAとは、投資に保守的(Conservative)、すなわち資産成長率が低い企業のポートフォリオを買い持ち(ロング)し、同時に投資に積極的(Aggressive)、すなわち資産成長率が高い企業のポートフォリオを空売り(ショート)することで作られます。このCMAのリターンが歴史的にプラスであったという事実が、インベストメント・ファクターの存在を学術的に裏付けているのです。


長所の解説と収益事例

では、なぜ「投資をしない」という一見すると消極的な姿勢が、投資家にとっての強みとなり、優れたリターンをもたらしてきたのでしょうか。

長所1:資本規律と株主還元のシグナル

投資を抑制している企業は、手元に残った豊富なキャッシュフローを、配当の支払いや自社株買いといった形で株主に還元する傾向が強いと考えられます。これは、経営陣が自社の株価を割安と認識しているという自信の表れであり、また、手元の資金を規律なく散財するのではなく、株主の利益を最優先に考えているという「資本規律(キャピタル・ディシプリン)」の強力なシグナルとなります。市場は、このような株主に友好的な姿勢をポジティブに評価し、それが将来のリターンに繋がっていくのです。

長所2:過剰投資リスクの回避

インベストメント・ファクターを用いた戦略は、経営陣が非効率な投資によって株主価値を破壊するリスクを回避するための、効果的なスクリーニングとして機能します。前述の通り、過剰な投資は将来の低リターンの強力な先行指標となります [2]。したがって、資産成長率が低い企業群に投資することは、本質的に、経営陣が暴走しがちな「エージェンシー問題」を抱える企業を避け、より堅実な経営を行っている企業を選別するプロセスであると言えます。

収益事例:歴史的データと国際市場での有効性

インベストメント・ファクターの有効性は、米国内だけでなく、グローバルな市場でも検証されています。

ファーマとフレンチが5ファクターモデルを提唱した際の論文では、1963年7月から2013年12月までの米国市場において、CMA(保守的投資-積極的投資)ポートフォリオは、月平均で0.27%、年率換算で約3.2%の有意なプラスのリターンを生み出したことが報告されています [4]。これは、バリューファクターやサイズファクターに匹敵する規模の超過リターンであり、その重要性を示しています。

さらに、彼らが2017年に行った、北米、欧州、日本、アジア太平洋の4地域、合計23の先進国市場を対象とした大規模な国際比較研究でも、インベストメント・ファクターの有効性が検証されました。その結果、日本を除く3地域において、投資に保守的な企業が積極的な企業をアウトパフォームする傾向が明確に観測されました [5]。この事実は、インベストメント・ファクターが特定の国に限定された現象ではなく、多くの先進国市場で共通して見られる、より普遍的なアノマリーであることを示唆しています。

短所とリスク:成長の罠と見極めの難しさ

インベストメント・ファクターは歴史的に有効なリターンの源泉でしたが、この戦略を鵜呑みにすることは危険です。特に、単純に「投資をしない企業が良い」と結論付けてしまうと、重大なリスクを見過ごすことになります。

短所1:「成長なき企業」への投資リスク

当然のことながら、企業が将来にわたって価値を生み出し続けるためには、適切な投資が不可欠です。インベストメント・ファクターが罰するのは、あくまで「非効率な過剰投資」であり、全ての投資を否定するものではありません [2]。

全く投資を行わない企業は、事業が成熟しきっているか、あるいは将来の成長機会を見出せない「衰退産業」に属している可能性があります。このような企業は、一時的に高い株主還元を行うかもしれませんが、長期的には競争力を失い、企業価値そのものが毀損していく「成長の罠」に陥るリスクを抱えています。投資家は、その企業が資本規律を守っているのか、それとも単に成長から取り残されているだけなのかを慎重に見極める必要があります。

短所2:業界や経済サイクルへの依存

インベストメント・ファクターの有効性は、全ての業界や経済状況で一律ではありません。例えば、技術革新が急速に進むハイテク産業やバイオテクノロジー業界では、将来の大きな成功のために、現在の利益を犠牲にしてでも大規模な研究開発投資(高い資産成長)を続けることが合理的です。このような業界でインベストメント・ファクターを機械的に適用すると、次世代の勝者となる可能性を秘めた企業を体系的にポートフォリオから排除してしまう恐れがあります。

また、ファーマとフレンチの研究でも示されているように、その有効性は国や地域によっても異なります [5]。これは、各国の会計基準の違いや、企業文化、コーポレート・ガバナンスの慣行などが、企業の投資行動とその後の株価パフォーマンスの関係に影響を与えるためと考えられます。


非対称性と摩擦の視点

なぜ、企業の投資姿勢という情報が、市場で完全に価格に織り込まれず、超過リターンの源泉となり得るのでしょうか。その本質を、当メディアの根幹をなす「非対称性」と「摩擦」の観点から解き明かします。

Asymmetry:経営者と投資家の「情報の非対称性」

インベストメント・ファクターの根源には、企業の内部情報を持つ経営者と、外部の公開情報しか持たない投資家との間に存在する、深刻な「情報の非対称性」があります。

企業の投資決定は、その将来性を左右する最も重要な意思決定の一つです。経営陣は、自社の技術力、市場での競争力、プロジェクトの成功確率について、投資家よりも遥かに多くの情報を持っています。

この情報の非対称性は、二つの側面を持ちます。一つは、経営陣が株主価値を最大化するために、規律をもって有望なプロジェクトにのみ投資している場合です。この場合、保守的な投資姿勢は、将来の安定したキャッシュフロー創出を示唆するポジティブなシグナルとなります。

しかし、もう一つは、経営陣が自身の評価や報酬、あるいは権勢欲といった自己利益のために、不採算なプロジェクトにまで手を広げて事業規模の拡大(帝国建設)を目指す「エージェンシー問題」です [2]。外部の投資家にとって、目の前の大規模な投資が、真に価値創造的なものなのか、それとも価値破壊的な帝国建設なのかを、事前に完璧に見分けることは極めて困難です。

インベストメント・ファクターが示す超過リターンとは、この「経営陣の真意が分からない」という情報の非対称性に対するリスクプレミアムである、と解釈することができます。投資家は、過剰投資によって価値を破壊する企業群を避けることで、平均的に高いリターンを得るのです。

Friction:ストーリーへの固執という「認知的摩擦」

手数料やスプレッドのような基本的な摩擦に加え、インベストメント・ファクターの存続を許している本質的な摩擦は、投資家の心理に根差した「認知的摩擦」です。

多くの投資家は、定量的で地味なデータよりも、魅力的で分かりやすい「成長のストーリー」を好む強いバイアスを持っています。「画期的な新工場を建設」「大型買収で業界トップへ」といったニュースは、企業の明るい未来を想像させ、投資家の心を躍らせます。メディアもこのようなニュースを大きく取り上げがちです。

一方で、「今期は規律を守り、大規模な投資は見送ります。余剰資金は自社株買いに充当します」という発表は、地味で、退屈なニュースに聞こえます。

この「ストーリーへの固執」という認知的な摩擦が、投資家に、高い資産成長を見せる企業を過大評価させ、保守的な投資姿勢の企業を過小評価させる体系的なバイアスを生み出します。このバイアスは非常に根深いため、プロの投資家でさえ完全に逃れることは難しく、結果として、インベストメント・アノマリーが簡単には消滅しない状況を作り出しているのです。


用語集

  • インベストメント・ファクター: 総資産の成長率が低い(投資に保守的な)企業のリターンが、成長率が高い(投資に積極的な)企業のリターンを長期的に上回る傾向。
  • CMA (Conservative Minus Aggressive): インベストメント・ファクターのリターンを測定するために作られる、投資に保守的な企業の買いと、積極的な企業の売りを組み合わせたポートフォリオ。
  • 総資産成長率: 企業の総資産が、前の期からどれだけ増加したかを示す割合。企業の投資姿勢を測る代表的な指標。
  • 資本コスト: 企業が事業を行うために資金を調達する際に、株主や債権者に対して支払うべきリターンの期待値。
  • 割引キャッシュフローモデル (DCF法): 企業が将来生み出すキャッシュフローを、資本コストで割り引くことで、現在の企業価値を算出する評価方法。
  • 株主還元: 企業が利益の中から、配当金の支払いや自社株買いといった形で、株主に資金を還元すること。
  • 自社株買い: 企業が自社の発行済み株式を市場から買い戻すこと。一株当たりの利益(EPS)を高める効果などがある。
  • エージェンシー問題: 企業の経営者(エージェント)が、株主(プリンシパル)の利益ではなく、自己の利益を優先して行動してしまう問題。
  • 資本規律 (キャピタル・ディシプリン): 企業が、投資を行う際に、株主価値の最大化を目的として、規律をもって厳格な判断基準を適用する姿勢。
  • 5ファクターモデル: 株式リターンを市場リスク、サイズ、バリュー、プロフィタビリティ、インベストメントの5つの因子で説明する、ファーマ=フレンチが提唱したモデル。

参考文献一覧

[1] Cooper, M. J., Gulen, H., & Schill, M. J. (2008). Asset growth and the cross-section of stock returns. The Journal of Finance, 63(4), 1609-1651.
https://doi.org/10.1111/j.1540-6261.2008.01370.x

[2] Titman, S., Wei, K. C. J., & Xie, F. (2004). Capital investments and stock returns. Journal of Financial and Quantitative Analysis, 39(4), 677-700.
https://doi.org/10.1017/S0022109000003173

[3] Aharoni, G., Grundy, B., & Zeng, Q. (2013). Stock returns and the asset growth anomaly. Journal of Financial Economics, 107(3), 577-597.
https://doi.org/10.1016/j.jfineco.2013.08.003

[4] Fama, E. F., & French, K. R. (2015). A five-factor asset pricing model. Journal of Financial Economics, 116(1), 1-22.
https://doi.org/10.1016/j.jfineco.2014.10.010

[5] Fama, E. F., & French, K. R. (2017). International tests of a five-factor asset pricing model. Journal of Financial Economics, 123(3), 441-463.
https://doi.org/10.1016/j.jfineco.2016.11.004

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