バリューファクター:なぜ「割安」な株は報われるのか?

市場で長期的に成功を収める投資家は、「安く買って、高く売る」という原則に立ち返ります。この単純明快な哲学を、学術的な rigor(厳密さ)をもって体系化したものが「バリューファクター」です。これは、企業の帳簿上の価値や収益力といったファンダメンタルズに対して、株価が割安に放置されている銘柄群が、長期的に市場平均を上回るリターンを上げてきたという、強力なアノマリー(経験則)を指します。

なぜ、このような「お買い得」な状態が市場に存在し、そして報われるのでしょうか?

この記事では、バリューファクターの正体を、その発見の歴史から最新の研究まで、査読付き学術論文のみをソースとして徹底的に解き明かします。さらに、当メディア「Asymmetry Signal」の視点から、リターンの源泉となる「非対称性」と、アノマリーの存続を許す市場の「摩擦」についても深く掘り下げていきます。

バリューファクターがなぜ機能するのかについて、「市場が織り込むリスクへの対価である」という伝統的なファイナンス理論の視点と、「投資家の非合理的な行動が生み出す歪みである」という行動ファイナンスの視点の両論を、学術論文を参照しながら併記しました。


バリューファクターの概論

バリュー投資の思想は、伝説的な投資家ベンジャミン・グレアムによって確立されましたが、その有効性が学術的に検証され、一つの「ファクター」として確立されたのは、後の研究者たちの功績です。

バリュー効果の発見と体系化

バリュー効果、すなわち株価の割安度と将来のリターンの間に正の関係があることを示した初期の研究の一つに、Basu (1977) があります。彼は、PER(株価収益率)が低い(割安な)企業のポートフォリオが、PERが高い(割高な)企業のポートフォリオよりも高いリターンを生むことを実証しました¹。

この発見の流れを決定づけたのが、経済学者ユージン・ファーマとケネス・フレンチによる一連の研究です。彼らは1992年の論文で、米国市場において、企業の規模(時価総額)と簿価時価比率(Book-to-Market ratio, B/M)が、市場リスク(ベータ)とは独立して、株価リターンを説明する強力な要因であることを示しました²。B/Mが高い企業、すなわち簿価(純資産)に対して株価が割安な企業ほど、その後のリターンが高い傾向があったのです。

この発見は、市場は常に効率的であるとする従来の金融理論に大きな衝撃を与え、バリューは市場平均を上回るリターン(アルファ)の源泉、すなわち「ファクター」としての地位を確立しました。

バリューを測る指標

バリューファクターを捉えるためには、企業の価値に対して株価が割安かどうかを測る指標が用いられます。代表的な指標は以下の通りです。

  • 簿価時価比率 (B/MまたはPBRの逆数): 企業の純資産(簿価)に対して株価が何倍かを示すPBR(株価純資産倍率)の逆数。学術研究で最も広く使われる指標です。
  • 株価収益率 (PER): 企業の利益に対して株価が何倍かを示す指標。
  • 株価キャッシュフロー倍率 (PCFR): 企業のキャッシュ創出力に対して株価が何倍かを示す指標。
  • EV/EBITDA倍率: 企業の事業価値(EV)が、税引前・利払前・償却前の利益(EBITDA)の何倍かを示す指標。

これらの指標を用いてポートフォリオを構築し、割安な銘柄群を買い、割高な銘柄群を売ることで、バリューファクターへのエクスポージャーを得ることができます。


長所と短所、そして損益の実例

バリュー戦略は歴史的に優れたパフォーマンスを示してきましたが、決して万能ではなく、無視できないリスクや長期的な低迷期も存在します。

長所と強み:なぜバリューは機能するのか?

バリューファクターが長期的に有効である理由については、主に二つの対立する学術的見解が存在します。

  1. 合理的リスク・プレミアム説: この説は、バリュー株は本質的により高いリスクを抱えているために、その対価として高いリターンを生む、という考え方です。例えば、財務的に苦境に陥っている企業(いわゆるディストレスト企業)は、倒産リスクが高いために株価が割安に評価されます。投資家は、そのリスクを引き受けることへの報酬として、平均的に高いリターンを得るというものです²。
  2. 行動ファイナンス説: こちらは、投資家の非合理的な行動が価格の歪みを生み出している、という説です。Lakonishok, Shleifer, and Vishny (1994) の影響力のある研究は、多くの投資家が過去の成長率を将来に過度に外挿する傾向があると指摘しました³。つまり、過去に高い成長を遂げた華やかな「グロース株」の将来を過度に楽観視して高値で買い、一方で、過去の業績が悪かった地味な「バリュー株」の将来を過度に悲観視して安値で売ってしまう、というのです。この体系的な判断ミスが修正される過程で、バリュー株は優れたリターンを生むと説明されます。

収益事例:グローバル市場での有効性

バリューファクターの有効性は、米国内だけでなく、グローバルな市場でも確認されています。Asness, Moskowitz, and Pedersen (2013) は、米国、英国、欧州大陸、日本の株式市場、さらに債券や為替、コモディティ市場に至るまで、多様な国と資産クラスでバリューとモメンタムという二つのファクターが普遍的に機能することを実証しました⁴。この研究は、バリューが特定の市場に限定された現象ではなく、根源的な市場の性質であることを強く示唆しています。

短所とリスク:「バリューの冬」と「バリュー・トラップ」

歴史的に有効であったバリュー戦略ですが、その道のりは平坦ではありませんでした。

  • パフォーマンスの周期性と長期低迷: バリューファクターのパフォーマンスは周期的であり、特に2010年代の後半は「バリューの冬」と呼ばれるほど、グロース株に対して歴史的なアンダーパフォームを記録しました。Israel, Laursen, and Richardson (2021) の研究は、この低迷期を詳細に分析しています⁵。彼らは、この期間のバリューの不振が、特に割安な銘柄のファンダメンタルズが悪化し続けたことや、割高な銘柄が投資家の期待を超えて成長し続けたことによる、過去には見られなかった現象であったと指摘しています。これは、過去の成功が未来を保証するものではないという厳しい現実を示しています。
  • バリュー・トラップ: 割安であることだけを理由に投資する際の最大のリスクが「バリュー・トラップ」です。これは、株価が割安なまま放置されるか、あるいは構造的な問題を抱えていて、株価が回復することなく下落し続けてしまう状況を指します。単に割安に見えるだけで、その企業が技術革新に取り残されたり、ビジネスモデルが崩壊したりしている場合、その安さには合理的な理由があるのです。

非対称性と摩擦の視点

バリューファクターの本質を、当メディアの思想である「非対称性」と「摩擦」の観点から深掘りします。

非対称性(Asymmetry):期待の歪みが生むリターンの源泉

バリュープレミアムの根源には、投資家の「期待の非対称性」が存在します。

  • 悲観と楽観の非対称性: 行動ファイナンスが示すように、投資家はグロース株の明るい未来(アップサイド)を過大評価し、その夢が破れるリスク(ダウンサイド)を過小評価する傾向があります。一方で、バリュー株に対しては、その厳しい現状(ダウンサイド)を過大評価し、事業が好転する可能性(アップサイド)を過小評価します³。つまり、市場の期待は、グロース株に楽観的に、バリュー株に悲観的に、非対称に歪んでいるのです。バリュー投資とは、この市場の過度な悲観から生じる価格の歪みを利用し、期待が正常化する過程で利益を得る戦略と言えます。
  • ペイオフの非対称性: バリュー株は、既に市場から多大な悲観を織り込まれているため、さらなる悪材料が出たとしても株価の下落余地(ダウンサイド・リスク)は限定的である場合があります。逆に、少しでも良いニュースが出れば、過度な悲観が修正される過程で、株価が大きく上昇する可能性(アップサイド・ポテンシャル)を秘めています。この損失限定的(かもしれない)で利益が大きい(かもしれない)というペイオフの非対称性が、バリュー戦略の魅力の核心です。

摩擦(Friction):なぜアノマリーは完全には消滅しないのか?

もし市場が完全に効率的なら、この「期待の歪み」は即座に裁定取引によって解消されるはずです。しかし、現実の市場には様々な「摩擦」が存在し、バリュープレミアムの存続を許しています。

  • 制度的な摩擦(キャリアリスク): 多くの機関投資家やファンドマネージャーは、四半期や年次といった短い期間でパフォーマンスを評価されます。バリュー戦略は、その効果が発現するまでに数年単位の時間がかかることがあり、短期的に市場平均に劣後する可能性があります。もし短期的なアンダーパフォームが続けば、顧客から資金を引き揚げられたり、職を失ったりする「キャリアリスク」に直面します。この制度的な摩擦が、多くのプロ投資家が長期的な視点でのバリュー戦略を徹底することを困難にし、アノマリーが存続する一因となります。
  • 認知的摩擦(ストーリーへの固執): 人間は、数字の羅列よりも、分かりやすい「ストーリー」を好む傾向があります。「世界を変える新しいテクノロジー」といったグロース株の物語は魅力的で理解しやすい一方、「経営再建中の地味な製造業」といったバリュー株の物語は魅力的ではありません。この認知的な摩擦により、多くの投資家は詳細なファンダメンタルズ分析を避け、華やかなストーリーに投資してしまいます。これが、バリュー株が適正な評価を受けずに放置される原因となります。

用語集

  • バリュー投資: 企業の本来的な価値(ファンダメンタルズ)に比べて、株価が割安に評価されている銘柄に投資する手法。
  • グロース投資: 売上や利益が高い成長率を示している企業の株式に投資する手法。株価は一般的に割高な水準にあることが多い。
  • PBR (Price Book-value Ratio): 株価純資産倍率。株価を一株当たり純資産で割った値。低いほど割安とされる。
  • PER (Price Earnings Ratio): 株価収益率。株価を一株当たり当期純利益で割った値。低いほど割安とされる。
  • ファクター: 資産のリターンを長期的に説明する、普遍的な性質や特徴のこと。
  • バリュー・トラップ: 割安に見える株が、構造的な問題を抱えているために株価が回復せず、下落し続ける罠。
  • 効率的市場仮説 (EMH): 市場価格は利用可能な全ての情報を即座に織り込んでいるため、市場を出し抜くことはできないとする理論。
  • 行動ファイナンス: 人間の心理的なバイアスが、金融市場や投資判断にどのような影響を与えるかを研究する学問分野。
  • 裁定取引 (Arbitrage): 同じ価値を持つ資産間で価格差が生じた際に、割安な方を買い、割高な方を売ることで、リスクなく利益を得る取引。
  • リスク調整後リターン: リターンの大きさを、そのリターンを得るために取ったリスクの大きさで調整した指標。シャープレシオが代表的。

参考文献一覧

  1. Basu, S. (1977). Investment Performance of Common Stocks in Relation to Their Price-Earnings Ratios: A Test of the Efficient Market Hypothesis. The Journal of Finance, 32(3), 663–682.
  2. Fama, E. F., & French, K. R. (1992). The Cross‐Section of Expected Stock Returns. The Journal of Finance, 47(2), 427–465.
  3. Lakonishok, J., Shleifer, A., & Vishny, R. W. (1994). Contrarian Investment, Extrapolation, and Risk. The Journal of Finance, 49(5), 1541–1578.
  4. Asness, C. S., Moskowitz, T. J., & Pedersen, L. H. (2013). Value and Momentum Everywhere. The Journal of Finance, 68(3), 929-985.
  5. Israel, R., Laursen, K., & Richardson, S. (2021). Is (Systematic) Value Investing Dead? The Journal of Portfolio Management, 47(2), 38-60.
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