時系列分析入門:AR, MA, ARMAモデルとは何か

概論

「過去は未来を映す鏡である」――この言葉が真実ならば、過去のデータパターンを分析することで、未来を予測できるはずです。この思想を統計学的な厳密さをもって体系化したのが時系列分析(Time Series Analysis)であり、その最も基本的かつ強力なモデル群が、AR、MA、そしてARMAモデルです。

時系列分析とは、ある変数の過去の挙動そのものの中に、将来の動きを予測するための情報が含まれていると考え、その内在的なパターン(自己相関など)をモデル化する手法です。この分野の基礎を築き、体系的な分析手法(ボックス・ジェンキンス法)を確立したのが、ジョージ・ボックスとグウィリム・ジェンキンスによる1970年の金字塔的な著作です [1]。

彼らが体系化したモデルは、主に以下の3つの構成要素から成り立っています。

  • ARモデル(自己回帰モデル, Autoregressive Model): これは、「今日の値は、昨日の値に似ているだろう」という考え方に基づきます。現在の値が、過去の値の線形和(重み付き平均)で表現されると仮定するモデルです。例えば、AR(1)モデルは、今日の値が昨日の値の定数倍に、ランダムな誤差(ショック)を加えたものとして表現されます。慣性を持つ物理的な現象のように、過去の「勢い」が将来に影響を与えるような時系列を捉えるのに適しています。
  • MAモデル(移動平均モデル, Moving Average Model): これは、「今日の値は、過去に受けたランダムなショック(誤差)の影響を受けているだろう」という考え方に基づきます。現在の値が、現在および過去の誤差項の線形和で表現されると仮定するモデルです。例えば、MA(1)モデルは、今日の値が、今日のショックと昨日のショックの重み付き平均として表現されます。一度発生した予測誤差の影響が、数期間にわたって尾を引くような時系列を捉えるのに適しています。
  • ARMAモデル(自己回帰移動平均モデル, Autoregressive Moving Average Model): これは、ARモデルとMAモデルを組み合わせた、より一般的で柔軟なモデルです。過去の値(AR部分)と、過去の誤差(MA部分)の両方が、現在の値に影響を与えると仮定します。

これらのモデルは、金融市場の予測という、トレーダーにとっての究極の目標に、科学的なアプローチで挑むための基本的なツールキットなのです。


長所・短所の解説、利益例・損失例の紹介

長所、強み、有用な点について:パターンの発見と未来の予測

マクロ経済予測における絶大な威力(活用事例)

ARMAモデル(およびその多変量への拡張であるVARモデル)は、現代のマクロ経済学において、経済予測を行うための標準的なツールキットとして、絶大な威力を発揮しています。

ノーベル経済学賞受賞者であるクリストファー・シムズが1980年の論文でその有用性を広めたVARモデルは、GDP成長率、インフレ率、金利といった複数の経済変数が、互いにどのように影響を与え合っているかをモデル化し、将来の経済動向を予測するために広く用いられています [2]。近年のバウマイスターとハミルトンによる2019年の研究のように、これらのモデルは、原油価格の変動要因を分析するなど、現代の複雑な経済問題を解き明かすための最先端の研究においても、依然として中心的な役割を担っています [3]。

金融市場におけるボラティリティのモデル化(活用事例)

後述するように、ARMAモデルを株価の「リターン」そのものに適用して予測することは極めて困難です。しかし、リターンの「ボラティリティ(変動率)」のモデル化においては、驚異的な成功を収めています。

ティム・ボラースレフが1986年に提唱したGARCHモデルは、その代表例です [4]。GARCHモデルは、金融市場に見られる「ボラティリティのクラスター性(変動が激しい時期は続き、穏やかな時期も続く)」という特徴を捉えますが、その数理的な構造は、ボラティリティ(正確には分散)に対するARMAモデルそのものです。このモデルの登場により、リスク管理やデリバティブ価格評価の精度は飛躍的に向上しました。

短所、弱み、リスクについて:ランダムウォークの壁

リターン予測における無力さ(失敗事例)

トレーダーにとって最も残念な事実は、これらの強力な時系列モデルが、株式の「リターン」を予測する上では、ほとんど無力であることが、長年の研究によって示されている点です。

ユージン・ファーマによる1965年の古典的な研究をはじめ、数多くの実証研究が、株式のリターンには統計的に有意な自己相関がほとんど存在しないことを明らかにしています [5]。これは、昨日のリターンがプラスだったからといって、今日のリターンがプラスになる確率が50%を大きく超えることはない、ということを意味します。この性質はランダムウォーク仮説として知られ、株価の変動が本質的に予測不可能であることを示唆しています。したがって、単純なARMAモデルを株式リターンに適用しても、そこに安定した予測パターンを見出すことはできず、そのバックテスト結果は信頼性に乏しいものとなります。

線形性と定常性という強すぎる仮定

ARMAモデルが機能するためには、分析対象の時系列データが線形(linear)かつ定常的(stationary)である、という強い仮定を満たす必要があります。しかし、現実の金融市場は、これらの仮定がほとんど成り立たない、より複雑な世界です。

市場は、強気相場と弱気相場のように、その構造が時間と共に変化する非定常性を持ち、また、その関係性は単純な直線では表せない非線形性を特徴とします。ロバート・エングルによる2001年のレビュー論文でも、GARCHモデルの成功を受けて、より複雑な非線形モデルの必要性が論じられています [6]。単純なARMAモデルは、このような市場の複雑なダイナミクスを捉えきれないという、根源的な限界を抱えているのです。

非対称性と摩擦の視点から

なぜ、ARMAモデルはマクロ経済やボラティリティの予測では成功を収めながら、株価リターンの予測ではほとんど無力なのでしょうか。その本質を、当メディアの根幹をなす「非対称性」と「摩擦」の観点から解き明かすことができます。


Asymmetry:モデルの「対称性」と市場の「非対称性」

AR, MA, ARMAといった伝統的な時系列モデルには、その構造上、「対称性」という基本的な性質が備わっています。これらの線形モデルは、過去のデータや誤差が将来に与える影響が、プラス方向であってもマイナス方向であっても、同じように扱われることを前提としています。例えば、+2%のサプライズも、-2%のサプライズも、将来の予測に対して同じ大きさの影響を与える、と仮定するのです。

しかし、現実の金融市場は、極めて「非対称」な世界です。市場の暴落(大きなマイナスのショック)が、その後の投資家心理やボラティリティに与える影響は、同程度の大きさの暴騰(大きなプラスのショック)が与える影響とは、全く質が異なります。

この「モデルが仮定する対称性」と「市場が示す非対称性」との間のギャップこそが、単純なARMAモデルがリターン予測に失敗する根源的な理由です。GARCHモデルがボラティリティ予測で成功を収めたのも、まさにこの非対称性(レバレッジ効果など)を捉えるための拡張がなされたからです [4]。市場の非対称な現実を、対称的なモデルで捉えようとすることの限界を理解することが、時系列分析を扱う上での第一歩となります。


Friction:「定常性」という幻を追い求める摩擦

手数料やスプレッドのような基本的な摩擦に加え、時系列分析を金融データに適用する際には、より本質的で技術的な「摩擦」が存在します。

「定常性」という前提条件の摩擦

ARMAモデルが数学的に正しく機能するためには、分析対象の時系列データが「定常性(stationarity)」という非常に強い条件を満たしている必要があります [1]。定常性とは、時系列の統計的な性質(平均や分散など)が、時間をずらしても変化しない、という性質です。

しかし、ファーマの研究が示したように、株価の「価格」そのものは、明らかに非定常です(長期的なトレンドを持ち、一定の平均値に回帰しない)[5]。これはランダムウォークとして知られています。そのため、研究者は、価格の差分を取るなどして、データを無理やり「定常化」させるという処理を施します。

この「モデルを適用するためのデータ加工」というプロセスそのものが、巨大な摩擦となります。データを加工する過程で、元々データに含まれていたかもしれない微弱なシグナルが破壊されたり、あるいは逆に、本来は存在しない見せかけのパターン(偽のシグナル)が生み出されたりする危険性があるのです。この、「モデルの理想」と「データの現実」とのギャップを埋めるために発生する、情報の損失や歪みのリスクこそが、時系列分析が直面する最も根源的な摩擦と言えるでしょう。


総括

・AR, MA, ARMAモデルは、ある変数の過去のデータ(自己回帰)と過去の誤差(移動平均)を用いて、その将来を予測するための、時系列分析の基本的なモデル群です [1]。

・これらのモデルは、マクロ経済変数の予測 [2, 3]や、金融市場のボラティリティ(GARCHモデル)の分析 [4]といった分野で、絶大な成功を収めています。

・しかし、株式の「リターン」そのものは、過去の値との相関が極めて低い(ランダムウォークに近い)ため、単純なARMAモデルで予測することは極めて困難です [5]。

・その背景には、ARMAモデルが仮定する「線形性」や「定常性」といった強い前提条件と、非線形で非定常な、複雑な現実の金融市場との間に、大きなギャップが存在するという根源的な限界があります。


用語集

時系列分析 (Time Series Analysis) 時間の経過と共に記録されたデータ(時系列データ)のパターンを分析し、将来を予測したり、その構造を理解したりするための統計的な手法。

ARモデル (Autoregressive Model) 自己回帰モデル。ある時点の値が、それ以前の過去の値に依存して決まると仮定するモデル。

MAモデル (Moving Average Model) 移動平均モデル。ある時点の値が、過去のランダムな誤差(予測できなかったショック)の影響を受けて決まると仮定するモデル。

ARMAモデル 自己回帰移動平均モデル。ARモデルとMAモデルを組み合わせた、より一般的で柔軟な時系列モデル。

定常性 (Stationarity) 時系列データの統計的な性質(平均、分散、自己相関など)が、時間をずらしても変化しない、という性質。多くの時系列モデルが、この性質を前提とする。

自己相関 (Autocorrelation) ある時系列データにおいて、ある時点の値と、それより過去の値との間に見られる相関関係。

ランダムウォーク仮説 (Random Walk Hypothesis) 株価などの資産価格の変動は、ランダムであり、過去の価格変動から将来の価格変動を予測することは不可能である、とする仮説。

GARCHモデル 金融時系列データに見られるボラティリティの変動(ボラティリティ・クラスタリング)をモデル化する手法。その数理構造はARMAモデルに基づいている。

ボラティリティ・クラスタリング 金融市場において、価格変動が激しい時期(高ボラティリティ)としばらく続き、価格変動が穏やかな時期(低ボラティリティ)もしばらく続くという、変動率の性質。

VARモデル (Vector Autoregression) ベクトル自己回帰モデル。複数の時系列変数が、互いにどのように影響を与え合っているかをモデル化する、ARモデルの多変量への拡張版。


参考文献一覧

[1] Box, G. E. P., & Jenkins, G. M. (1970). Time series analysis: Forecasting and control. Holden-Day.
※書籍です。

[2] Sims, C. A. (1980). Macroeconomics and reality. Econometrica, 48(1), 1-48.
https://doi.org/10.2307/1912017

[3] Baumeister, C., & Hamilton, J. D. (2019). Structural interpretation of vector autoregressions with incomplete identification: Revisiting the role of oil supply and demand shocks. American Economic Review, 109(5), 1873-1910.
https://doi.org/10.1257/aer.20151569

[4] Bollerslev, T. (1986). Generalized autoregressive conditional heteroskedasticity. Journal of Econometrics, 31(3), 307-327.
https://doi.org/10.1016/0304-4076(86)90063-1

[5] Fama, E. F. (1965). The behavior of stock-market prices. The Journal of Business, 38(1), 34-105.
https://doi.org/10.1086/294743

[6] Engle, R. F. (2001). The use of ARCH/GARCH models in applied econometrics. Journal of Economic Perspectives, 15(4), 157-168.
https://doi.org/10.1257/jep.15.4.157

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