オルタナティブデータとは何か:衛星画像からクレカ情報まで

概論

金融市場における超過リターン(アルファ)の探求は、いつの時代も「情報」を巡る戦いでした。企業の財務諸表や市場価格といった伝統的なデータは、世界中の投資家によって瞬時に分析され、その価値は直ちに価格に織り込まれていきます。この情報の飽和状態の中で、他者が持たない独自のインサイトを得るための新たなフロンティアとして、オルタナティブデータが急速に台頭しています。

オルタナティブデータとは、機関投資家がポートフォリオリターンを向上させるために利用する、多様な非伝統的データセットの総称です [1]。企業の公式発表以外の、個人の行動、ビジネスプロセス、そして各種センサーから得られる情報などが含まれます [5]。近年の「データ革命」と、知識や情報といった無形資産が経済の中心となる中で、企業が集めるデータの収益化が大きなテーマとなっており、オルタナティブデータの活用は、この大きな潮流と密接に関連しています [2]。

この分野は、データを生成する者、データを加工・販売する仲介者、そしてデータを利用する投資家からなる、複雑なエコシステムへと進化しました [1]。その利点は、伝統的なデータと比較して、多様なソース、異質性、柔軟性、客観性、そして常に進化し続ける点にあります [5]。これらのデータを用いることで、企業をより深く、包括的に、そしてタイムリーに評価することが可能になると期待されています [5]。

長所・短所の解説、利益例・損失例の紹介

長所、強み、有用な点について

オルタナティブデータは、伝統的な分析の限界を突破し、新たなアルファの源泉となる可能性を秘めています。

独自のインサイトと競争優位性

オルタナティブデータの最大の強みは、伝統的な情報源からは得られない、独自のインサイトと競争上の優位性をもたらす点にあります [5]。多くの市場参加者が同じ財務諸表を分析している中で、他社がアクセスできないデータを持つことは、それ自体が強力なエッジとなり得ます。これにより、ポートフォリオリターンの向上が期待されます [1]。

収益事例:クレジットカードデータによる業績予測の成功

オルタナティブデータが実際に優れた予測能力を持つことを示す、具体的な研究事例が存在します。FlederとShahによる2019年の研究では、クレジットカードの取引データというノイズの多い代理シグナルと、四半期ごとの利益報告というまばらな実測値のみを用いて、34社の上場企業の四半期収益を予測する枠組みを構築しました [4]。その結果、このデータ駆動型の手法は、専門家のアナリストによるウォール街のコンセンサス予想を凌駕するという、説득力のある成果を上げています [4]。これは、オルタナティブデータが、専門家の知見を含む多様な情報源に基づく従来の予測を超えるポテンシャルを持つことを示唆しています。

短所、弱み、リスクについて

その華々しい可能性の裏で、オルタナティブデータの活用は、技術的、倫理的、そして経済的に数多くの困難とリスクを伴います。

技術的な課題

オルタナティブデータの活用は、技術的に非常に困難な課題に直面します。具体的には、非構造化データと特定の企業を結びつけるエンティティマッピングやティッカータギング、時系列データの欠損を補うパネル安定化、そしてデータが持つ偏りを除去するデバイアシングといった、高度な統計的・機械学習的アプローチが必要となります [1]。これらの技術的ハードルは、データから価値を抽出する上での大きな障壁です。

価値評価の難しさ

もう一つの大きな課題は、あるデータセットが投資家にとってどれだけの価値を持つのかを、事前に評価することが極めて難しい点にあります [1]。高額な費用を払ってデータを購入したとしても、それが実際にリターンの向上に繋がる保証はなく、投資対効果を見極めることは容易ではありません。

失敗(損失)事例:FinTechにおける「差別」というリスク

オルタナティブデータの利用は、意図せざる社会的な損失やリスクを生み出す可能性もはらんでいます。Bartlettらによる2022年の研究は、米国のFinTechレンディング(融資)における差別を分析しました [3]。米国の公正貸付法は、信用力とは無関係な特性に基づいて、マイノリティの借り手に不利益を与えることを禁じています。しかしこの研究では、リスクが等価であるにもかかわらず、ラテン系や黒人の借り手が、特にマイノリティが多く住む地域において、有意に高い金利を支払わされていることが示されました [3]。FinTechレンディングの一部では、この金利差が非FinTechレンダーと同程度であったことも報告されており、オルタナティブデータの活用が、必ずしも既存の差別構造を解消するわけではないことを示唆しています。これは、オルタナティブデータの利用がもたらす、倫理的・法的なリスクという深刻な側面を浮き彫りにしています。

非対称性と摩擦の視点から

オルタナティブデータがなぜ現代のクオンツ投資において、これほどまでに重要視されるのか。その本質は、それが市場に存在する「非対称性」を利用し、同時に巨大な「摩擦」と戦う試みであることから理解できます。

Asymmetry:情報の非対称性を生み出す源泉

効率的市場仮説が成り立つためには、全ての投資家が同じ情報に平等にアクセスできることが前提となります。しかし、オルタナティブデータは、この前提を根底から覆します。

オルタナティブデータの核心は、情報の非対称性を意図的に創出する点にあります。誰もがアクセスできる企業の財務諸表とは異なり、特定のベンダーから高額な費用を払って購入したデータは、限られたプレイヤーしか手にすることができません。この「情報へのアクセス」における非対称性こそが、オルタナティブデータが競争上の優位性を生み出す根本的な理由です [1, 5]。さらに、データを手にしたとしても、それを分析し、投資シグナルへと変換するための高度な技術基盤を持つ者と、持たざる者との間には、圧倒的な分析能力の非対称性が存在します。この二重の非対称性が、アルファの源泉となり得るのです。

Friction:アルファの追求を阻む三重の摩擦

オルタナティブデータからアルファを生み出すプロセスは、平坦な道のりではありません。そこには、多額のコストと労力を要求する、深刻な摩擦が存在します。

「コストと価値評価」という経済的摩擦

有用なオルタナティブデータは、決して安価ではありません。その高額なコストが、多くのプレイヤーを市場から締め出す、強力な参入障壁(摩擦)として機能します。さらに、あるデータセットが将来どれだけの価値を生むかを事前に評価することは極めて困難であり、この価値評価の難しさ自体が、投資判断における大きな経済的摩擦となります [1]。

「データ処理」という技術的摩擦

オルタナティブデータは、そのほとんどが投資目的で作られていないため、分析の前に大規模な「掃除」を必要とします。企業とデータを紐づけるエンティティマッピングや、データが持つ偏りを除去するデバイアシングといった、高度なデータサイエンス技術が不可欠です [1]。このデータラングリングという複雑なプロセスは、オルタナティブデータ活用における最大の技術的摩擦です。

「法的・倫理的」という社会的摩擦

オルタナティブデータの利用、特に個人データを含むものは、社会的な摩擦と無縁ではありません。FinTechレンディングの事例が示すように、オルタナティブデータの活用が、意図せずして特定のマイノリティグループに対する差別的な結果を招いてしまう可能性があります [3]。プライバシー保護や公正性といった法的・倫理的な要請は、データの利用方法に強力な制約を課す摩擦として、今後ますます重要性を増していくでしょう。


総括

  • オルタナティブデータとは、リターン向上を目指す投資家が利用する、企業の公式発表以外の非伝統的なデータセットの総称です [1]。
  • その活用は、データが新たな価値を生む「データ革命」という、より大きな経済的文脈の中に位置づけられます [2]。
  • 強みとして、クレジットカードデータを用いてウォール街のアナリスト予想を凌駕する業績予測を立てるなど、具体的な収益機会に繋がりうる事例が報告されています [4]。
  • 一方で、その活用には、データの偏りを除去するデバイアシングなどの高度な技術的課題や、データ価値の評価が困難であるといった短所があります [1]。
  • また、FinTechレンディングにおける差別問題のように、オルタナティブデータの利用は、意図せざる倫理的・法的なリスクを生み出す可能性もはらんでいます [3]。

用語集

オルタナティブデータ (Alternative Data) 投資判断に利用される、企業の財務情報や市場価格といった伝統的データ以外の、あらゆる非伝統的なデータ。衛星画像、クレジットカード決済情報、SNSの投稿などが含まれる。

非構造化データ (Unstructured Data) 明確なデータモデルや定義を持たないデータのこと。テキスト、画像、音声などが含まれ、企業のデータベースに格納されている構造化データと対比される。

インフォメーショナル・エッジ (Informational Edge) 他の市場参加者が持っていない、あるいはまだ気づいていない情報を保有・分析することで得られる投資上の優位性。

シグナル (Signal) 将来の価格変動を予測するための、何らかの有用な情報やパターンのこと。

ノイズ (Noise) データに含まれる、本質的なパターンとは無関係な、ランダムで無意味な変動や情報。

データラングリング (Data Wrangling) 生(ロー)データを、分析しやすいように整形・変換・クレンジング(掃除)する一連のプロセスのこと。

エンティティマッピング (Entity Mapping) オルタナティブデータ(例:特定の店舗の位置情報)を、上場企業(例:その店舗を運営する企業のティッカーコード)に正確に対応付ける作業。

アルファの減衰 (Alpha Decay) ある投資戦略が生み出す超過リターン(アルファ)が、その戦略が広く知られるにつれて、競争の激化により時間と共に減少・消滅していく現象。

FinTech (フィンテック) 金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた造語。IT技術を駆使した革新的な金融サービスを指す。

デバイアシング (Debiasing) データが持つ統計的な偏り(バイアス)を検出し、それを補正・除去すること。


参考文献一覧

[1] Ekster, G., & Kolm, P. N. (2021). Alternative Data in Investment Management: Usage, Challenges, and Valuation. The Journal of Financial Data Science, 3(4), 10-32.
https://doi.org/10.3905/jfds.2021.1.073

[2] Monino, J. L. (2021). Data Value, Big Data Analytics, and Decision-Making. Journal of the Knowledge Economy, 12, 256–267.
https://doi.org/10.1007/s13132-016-0396-2

[3] Bartlett, R., Morse, A., Stanton, R., & Wallace, N. (2022). Consumer-lending discrimination in the FinTech era. Journal of Financial Economics, 143(1), 937-964.
https://doi.org/10.1016/j.jfineco.2021.05.047

[4] Fleder, M., & Shah, D. (2019). Forecasting with Alternative Data. Proceedings of the ACM on Measurement and Analysis of Computing Systems, 3(3), 1-29.
https://doi.org/10.1145/3366694

[5] Sun, Y., Liu, L., Xu, Y., Zeng, X., Shi, Y., Hu, H., … & Abraham, A. (2024). Alternative data in finance and business: emerging applications and theory analysis (review). Financial Innovation, 10(1), 127.
https://doi.org/10.1186/s40854-024-00652-0

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