先物取引の基本:現物との違いとコンタンゴ・バックワーデーション

概論

株式や為替のように、今現在の価格で資産を売買する「現物取引」は、多くの投資家にとって馴染み深いものでしょう。一方で、金融市場にはもう一つの重要な取引形態が存在します。それが「先物取引」です。

先物取引とは、「将来の決められた期日(満期日)に、あらかじめ決められた価格で、特定の商品(原資産)を売買することを約束する」取引です。この「将来の価格」と「現在の価格(現物価格)」の間の関係性は、決してランダムに決まるわけではなく、その背後には深い経済的な合理性が存在します。

この価格関係を説明する foundational な理論の一つが「保管コスト理論(Theory of Storage)」です。この理論によれば、先物価格は、現在の現物価格に、満期日までの保管コスト(倉庫代や保険料など)と資金調達コスト(金利)を加えたものから、その資産を保有することで得られる利益(配当や利回りなど)を差し引いて決定されると考えられます [2]。

しかし、市場にはもう一つの強力な力が働いています。それが、原資産の生産者や消費者が将来の価格変動リスクを回避しようとする「ヘッジ需要」です。経済学者ジョン・メイナード・ケインズが提唱した「正常なバックワーデーション」の理論によれば、例えば農家のような商品の生産者は、将来の価格下落リスクをヘッジするために、将来の収穫物を先物市場で売りに出します。この売り圧力が先物価格を押し下げ、将来予想される現物価格よりも割安な水準に設定させる傾向を生み出します。この価格差こそが、リスクを引き受ける投機家への対価、すなわちリスクプレミアムの源泉となると考えられています [1]。

この先物価格と現物価格の価格差の状態によって、市場は主に二つの局面、コンタンゴとバックワーデーションに分類されます。本稿では、これらの概念の基本を解説し、それらが投資家にとって何を意味するのかを、学術的な知見を基に解き明かしていきます。

長所・短所の解説、利益例・損失例の紹介

先物市場が示すコンタンゴやバックワーデーションという状態は、単なる価格差ではなく、投資家にとって収益機会の源泉とも、あるいは損失の原因ともなり得る、重要なシグナルです。

長所、強み、有用な点について

先物市場がもたらす最大の機会の一つは、現物資産そのものに投資することなく、多様な資産クラスへのエクスポージャーを効率的に得られる点にあります。特に、バックワーデーションの市場は、歴史的に見て投機家にとって有利なリターンの源泉となってきました。

収益事例として、コモディティ(商品)先物への投資が挙げられます。ある画期的な研究では、均等加重されたコモディティ先物のインデックスに投資する戦略は、1959年から2004年という長期間において、株式とほぼ同等のリターンを達成し、かつ株式とは負の相関を示したことが報告されています [3]。これは、コモディティ先物がポートフォリオの分散効果を高める上で、極めて有用な資産クラスであったことを意味します。

さらに、このリターンをより積極的に狙う戦略も検証されています。コンタンゴとバックワーデーションの状態を示す指標(ベーシス)に基づいてコモディティを分類し、バックワーデーションが最も強い銘柄群を買い、コンタンゴが最も強い銘柄群を売るというロング・ショート戦略を組んだ場合、統計的に有意なアルファ(超過リターン)が生成されたことが示されています [4]。この結果は、先物価格と現物価格の間の歪みが、体系的な収益機会となり得ることを強く示唆しています。

短所、弱み、リスクについて

一方で、先物取引、特にコンタンゴの状態にある市場への投資は、投資家にとって大きなリスクとコストの源泉となります。これは、多くの個人投資家が見落としがちな「ロールコスト」という形で現れます。

先物契約には満期があるため、長期的にポジションを保有し続けるためには、期近の契約を決済し、期先の契約に乗り換える「ロールオーバー」という作業が必要になります。この時、市場がコンタンゴ(期先の価格が期近よりも高い状態)にあると、投資家は安い契約を売って、高い契約を買い直すことを強いられます。この価格差が、ポジションを維持するための継続的なコスト、すなわちマイナスの「ロールイールド(あるいはロールコスト)」となるのです。

ある著名な研究では、コモディティ先物のリターンを分析し、そのリターンが主に「スポットリターン(現物価格の変動)」と「ロールイールド」の二つの要素から構成されることを明らかにしました [4]。この分析は、たとえ現物価格が上昇したとしても、市場が強いコンタンゴ状態にあれば、その利益がロールコストによって相殺されてしまう、あるいは損失に転じることさえあるという、先物投資の重要なリスク側面を浮き彫りにしています。このロールコストこそが、特に長期の買い戦略を取る投資家が直面する、最大の損失の源泉の一つなのです。

非対称性と摩擦の視点から

なぜ先物市場には、コンタンゴやバックワーデーションといった、現物価格との体系的な歪みが存在し続けるのでしょうか。その本質は、「非対称性」と「摩擦」という当メディアの根幹をなす視点から解き明かすことができます。

Asymmetry:リスク移転という非対称性

先物市場の根源には、市場参加者の目的の非対称性が存在します。一方には、価格変動リスクを回避したい「ヘッジャー(生産者や消費者)」がおり、もう一方には、そのリスクを引き受けることでリターンを得たい「スペキュレーター(投機家)」がいます。

ケインズが指摘したように、ヘッジャーは将来の不確実性を減らすために、いわば「保険料」を支払うことを厭いません [1]。例えば、商品の生産者が将来の価格下落を恐れて先物を売る場合、その先物価格は将来の期待現物価格よりも少し安く設定されます。この価格差が、ヘッジャーが支払う保険料であり、それこそが、リスクを引き受ける投機家が得るリターンの源泉、すなわちリスクプレミアムとなります。

この「リスクを避けたい者」と「リスクを取りたい者」との間の非対称なニーズのマッチングこそが、先物市場の基本的な機能です。バックワーデーションの市場で観測されるプラスのロールイールドは、このリスク移転の対価が投機家側に支払われている状態と解釈できます。逆に、コンタンゴは、将来の価格上昇をヘッジしたい買い手側が保険料を支払っている状態と見ることもできます。このリスクの非対称な流れを理解することが、先物市場のエッジを捉える鍵となります。

Friction:現物保有のコストという摩擦

もし市場が完全に滑らか(frictionless)であれば、先物価格は常に将来の期待現物価格と一致するはずです。しかし、現実の市場には、この関係を歪める様々な「摩擦」が存在します。

その最も本質的な摩擦が、現物を保有するための「保管コスト」です。原油をタンカーで洋上に保管するコスト、穀物をサイロで管理するコスト、金を金庫で警備するコスト。これらはすべて、現物を満期日まで保有するために必要な、現実世界の物理的な摩擦です。保管コスト理論が示すように、これらの摩擦は先物価格に上乗せされ、コンタンゴを生み出す主要な要因となります [2]。

また、先物取引特有の制度的な摩擦も存在します。それは、ポジションを維持するために必要な「証拠金(マージン)」です。証拠金は、取引の安全性を担保する上で不可欠ですが、同時に投資家の資金を拘束し、機会費用という摩擦を生み出します。さらに、相場が不利な方向に動いた場合に発生する追証(マージ-ンコール)は、たとえ長期的には正しいポジションであっても、短期的な資金繰りの悪化によって、投資家を強制的な損切りへと追い込む可能性があります。

これらの物理的、制度的な摩擦があるからこそ、先物価格と現物価格の間に単純な理論では説明できない歪みが生まれ、そして存続し続けるのです。

総括

  • 先物取引とは、将来の特定の日に、あらかじめ決められた価格で商品を売買する契約であり、その価格は現物価格とは異なります。
  • 先物価格が現物価格より高い状態を「コンタンゴ」、低い状態を「バックワーデーション」と呼びます。
  • これらの価格差の背景には、保管コストや金利を考慮した「保管コスト理論」[2]と、リスク移転の対価(リスクプレミアム)を考慮した「正常なバックワーデーション理論」[1]が存在します。
  • バックワーデーションの市場は、歴史的に投機家にとってプラスのリターン(ロールイールド)の源泉となってきましたが [4]、逆にコンタンゴは、ポジションを維持するための継続的なコスト(ロールコスト)となり得ます [4]。
  • 先物市場の歪みは、リスクを避けたいヘッジャーとリスクを取りたい投機家の間の「非対称性」、そして現物の保管コストや証拠金といった「摩擦」によって生み出されています。

用語集

先物取引 将来の特定の時点(満期日)に、特定の商品(原資産)を、現時点で取り決めた価格で売買することを約束する取引。

現物取引 商品と代金をその場で交換する取引。スポット取引とも呼ばれる。

コンタンゴ 先物の期近の価格よりも期先の価格が高い状態のこと。この時、先物価格は現物価格よりも高くなる傾向がある。

バックワーデーション 先物の期近の価格よりも期先の価格が低い状態のこと。この時、先物価格は現物価格よりも低くなる傾向がある。

保管コスト理論 先物価格は、現物価格に金利や保管料などのコストを加え、配当などの収益を差し引いて決定されるという理論。

ロールオーバー 満期が近づいた先物契約を決済し、次の満期の契約に乗り換えること。

ロールイールド ロールオーバーを行う際に生じる、期近と期先の先物価格の差から得られる損益のこと。バックワーデーションではプラスに、コンタンゴではマイナス(ロールコスト)になる。

ヘッジャー 将来の価格変動リスクを回避(ヘッジ)するために先物市場を利用する市場参加者。商品の生産者や消費者など。

スペキュレーター 価格変動を予測し、その差益を得るために先物市場を利用する市場参加者。投機家とも呼ばれる。

リスクプレミアム リスクの高い資産を保有することに対して、投資家が要求する、無リスク資産のリターンを上回る追加的なリターンのこと。

参考文献一覧

[1] Keynes, J. M. (1930). A Treatise on Money, Vol. 2. Macmillan.
※書籍です

[2] Fama, E. F., & French, K. R. (1987). Commodity futures prices: Some evidence on forecast power, premiums, and the theory of storage. Journal of Business, 60(1), 55-73.
https://www.jstor.org/stable/2352947

[3] Gorton, G., & Rouwenhorst, K. G. (2006). Facts and fantasies about commodity futures. Financial Analysts Journal, 62(2), 47-68.
https://www.jstor.org/stable/4480744

[4] Erb, C. B., & Harvey, C. R. (2006). The strategic and tactical value of commodity futures. Financial Analysts Journal, 62(2), 69-97.
https://www.jstor.org/stable/4480745

[5] Erb, C. B., & Harvey, C. R. (2006). The tactical and strategic value of commodity futures. SSRN. https://doi.org/10.2139/ssrn.650923

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