概論
デリバティブの世界は、先物やオプションといった取引所で取引される標準化された契約だけで成り立っているわけではありません。その水面下には、金融機関や事業法人が、互いのニーズに合わせて契約をオーダーメイドする、巨大な相対取引(OTC)市場が広がっています。そのOTC市場の主役こそが、スワップ取引です。
スワップ取引とは、二つの当事者が、将来のキャッシュフロー(現金の流れ)を、あらかじめ決められた条件に基づいて交換(swap)することを約束する契約です。その取引高は他のデリバティブを圧倒しており、現代の金融システムに不可欠なインフラとして機能しています。
最も代表的なスワップ取引は二種類あります。一つは「金利スワップ」で、同じ通貨の変動金利と固定金利を交換します。例えば、変動金利で資金を借り入れている企業が、将来の金利上昇リスクを避けたい場合、金利スワップを用いて支払いを固定金利に変換することができます。もう一つは「通貨スワップ」で、異なる通貨間の元本や金利支払いを交換します。これは、為替レートの変動リスクを管理したり、海外でより有利な条件で資金を調達したりするために利用されます。
このような取引が成立する根源的な経済合理性は、「比較優位」の理論によって説明することができます。金融市場において、ある企業は固定金利で、別の企業は変動金利で、それぞれ他方よりも有利に(比較優位を持って)資金を調達できる場合があります。この時、両者がそれぞれの得意な形で資金を調達し、そのキャッシュフローをスワップすることで、互いにとってより有利な条件を享受することが可能になるのです [1]。
長所・短所の解説、利益例・損失例の紹介
長所:リスク管理と市場の完成
スワップ取引がこれほどまでに巨大な市場を形成した最大の理由は、それが企業や投資家にとって、極めて柔軟で効果的なリスク管理ツールを提供するからです。
スワップの最も重要な役割は、企業が直面する金利や為替の変動リスクを、その企業のニーズに合わせてピンポイントでヘッジできる点にあります。ある実証研究によれば、特にグローバルな事業展開や海外での資金調達を行う企業は、為替リスクに直面しやすく、そうした企業が通貨デリバティブ(通貨スワップなど)を利用してヘッジを行う傾向があることが示されています [2]。これにより、企業は金融市場の不確実性から事業活動を守り、より安定した経営を行うことが可能になります。
また、スワップ市場は、存在しなかった金融商品を創り出すことで「市場を完成させる」役割も担っています。例えば、20年物の変動金利といった、通常の市場では取引が難しいキャッシュフローも、スワップを用いることで合成することが可能になります。スワップの価格(スワップレート)は、裁定機会が存在しないように、市場の様々な金利から数学的に導出されており、金融市場における価格発見の重要な一部を形成しています [3]。
短所:カウンターパーティ・リスクと透明性の欠如
その絶大な有用性の一方で、スワップ取引、ひいてはOTCデリバティブ市場全体が抱える、構造的なリスクも存在します。その核心にあるのが、カウンターパーティ・リスクです。
スワップは取引所を介さない相対取引であるため、契約の相手方が将来、支払い不能(デフォルト)に陥るリスクが常に付きまといます。このカウンターパーティ・リスクは、スワップの価格設定においても重要な要素であり、信用力の低い相手方との取引では、より不利なレートを提示されることになります [4]。
このリスクが現実世界で壊滅的な結果を招いた最大の「失敗事例」が、2008年の世界金融危機です。この危機では、リーマン・ブラザーズのような巨大な金融機関の破綻が、その金融機関と無数のスワップ(特にクレジット・デフォルト・スワップ)契約を結んでいた他の金融機関へと、損失を連鎖させる可能性を生み出しました。個別の契約におけるカウンターパーティ・リスクが、金融システム全体を脅かすシステミック・リスクへと発展したのです。この危機は、透明性が低く、相互依存関係が複雑に絡み合ったOTCデリバティブ市場が、いかにしてリスクを隠蔽し、増幅させるかを白日の下に晒しました [5]。
非対称性と摩擦の視点から
スワップ取引は、市場参加者間の「非対称性」を利用して価値を生み出す、極めて精緻な金融ツールです。しかし、その構造は、市場に内在する深刻な「摩擦」と常に隣り合わせにあります。
Asymmetry:比較優位という非対称性が価値を生む
スワップ取引が成立する根源には、市場参加者の間に存在する「非対称性」、すなわち「比較優位」があります。ある企業は、その高い信用力から、長期の固定金利での資金調達を得意としているかもしれません。一方で、別の企業は、短期金融市場との結びつきが強く、変動金利での調達に優位性を持っているかもしれません。
この両者の間に存在する、資金調達能力の非対称性こそが、スワップ取引のエンジンです。両者がそれぞれ得意な市場で資金を調達し、その金利支払いをスワップすることで、互いのニーズを満たし、双方にとってのコストを削減するという、Win-Winの関係を築くことができます [1]。スワップ市場は、このような市場の非対称性を発見し、それを効率的に結びつけることで、新たな価値を創造しているのです。
また、スワップはリスクに対するエクスポージャーを非対称に変化させるためにも用いられます。例えば、変動金利という、将来の支払額が青天井になりうるリスクを負っている企業が、金利スワップを用いて支払いを固定化することは、損失の可能性を限定的なものに変換する、強力なリスク管理手法と言えます。
Friction:カウンターパーティ・リスクという根源的な摩擦
スワップ取引における最も深刻かつ根源的な摩擦は、それが取引所を介さない相対取引(OTC)であることから生じる「カウンターパーティ・リスク」です。
取引所で取引される先物やオプションとは異なり、スワップ契約には、取引所のような中央機関による支払いの保証が存在しません。契約の履行は、取引相手の信用力に完全に依存します。したがって、契約期間中に相手方が倒産した場合、受け取るはずだったキャッシュフローが途絶え、予期せぬ損失を被るリスクが常に存在します。この摩擦の存在は、スワップの価格設定にも織り込まれており、相手の信用力が低いほど、取引条件は不利になります [4]。
このカウンターパーティ・リスクという摩擦が、個別の取引の問題に留まらず、金融システム全体を揺るがす「システミック・リスク」へと発展したのが、2008年の世界金融危機でした [5]。巨大金融機関が複雑なスワップ契約の網の目によって相互に結びついていたため、一社の破綻が、連鎖的に他の金融機関の経営を脅かす事態へと発展したのです。
この危機を教訓として、現在では、標準的なスワップ取引については、中央清算機関(CCP)を通じて決済することが義務付けられるなど、カウンターパーティ・リスクという摩擦を低減するための制度改革が進められています。
総括
- スワップ取引は、二当事者が将来のキャッシュフローを交換する相対取引(OTC)のデリバティブ契約です。
- その根源的な経済合理性は、各当事者が持つ資金調達能力の「比較優位」という非対称性を利用して、双方に利益をもたらす点にあります [1]。
- 企業は、金利スワップや通貨スワップを用いることで、金利や為替の変動リスクを効果的に管理することができ、これは企業価値の向上にも繋がり得ます [2]。
- スワップの価格は、市場の金利体系から無裁定理論に基づき数学的に決定されます [3]。
- スワップ取引が抱える最大の「摩擦」は、取引相手が契約を履行できなくなる「カウンターパーティ・リスク」であり [4]、このリスクが2008年の金融危機においてシステミック・リスクを増幅させる一因となりました [5]。
用語集
スワップ取引 二つの当事者が、将来の異なるキャッシュフロー(例:固定金利と変動金利)を、あらかじめ決められた条件で交換することを約束するデリバティブ契約。
金利スワップ 同一通貨において、変動金利のキャッシュフローと固定金利のキャッシュフローを交換するスワップ取引。
通貨スワップ 異なる二つの通貨の元本および金利支払いを交換するスワップ取引。
相対取引 (Over-the-Counter, OTC) 取引所を介さず、当事者間で直接、あるいは金融機関を仲介して行われる取引。スワップは典型的なOTCデリバティブ。
カウンターパーティ・リスク 相対取引において、取引の相手方が債務不履行に陥り、契約が履行されなくなるリスク。
比較優位 ある生産者が、他の生産者よりも特定の財やサービスを相対的に低い機会費用で生産できること。スワップ市場では、各参加者の資金調達における比較優位が取引の基礎となる。
変動金利 LIBORやSOFRといった市場の短期金利に連動して、定期的に利率が見直される金利。
固定金利 契約期間中、利率が一定で変わらない金利。
想定元本 金利スワップにおいて、交換される金利キャッシュフローを計算するための基礎となる、名目上の元本のこと。通常、元本そのものは交換されない。
システミック・リスク ある金融機関や市場の一部で発生した問題が、ドミノ倒しのように金融システム全体に波及していくリスク。
参考文献一覧
[1] Bicksler, J., & Chen, A. H. (1986). An economic analysis of interest rate swaps. The Journal of Finance, 41(3), 645-655.
https://doi.org/10.2307/2328495
[2] Géczy, C., Minton, B. A., & Schrand, C. (1997). Why firms use currency derivatives. The Journal of Finance, 52(4), 1323-1354.
https://doi.org/10.1111/j.1540-6261.1997.tb01112.x
[3] Duffie, D., & Singleton, K. J. (1997). An econometric model of the term structure of interest-rate swap yields. The Journal of Finance, 52(4), 1287-1321.
https://doi.org/10.1111/j.1540-6261.1997.tb01111.x
[4] Duffie, D., & Huang, M. (1996). Swap rates and credit quality. The Journal of Finance, 51(3), 921-949.
https://doi.org/10.2307/2329227
[5] Stulz, R. M. (2010). Credit default swaps and the credit crisis. Journal of Economic
https://doi.org/10.1257/jep.24.1.73
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