オルタナティブ投資入門:株式・債券以外への分散
概論
オルタナティブ投資とは、株式や債券といった伝統的な資産クラス以外の投資対象を指す言葉です。具体的には、ヘッジファンド、プライベートエクイティ、不動産、インフラ、コモディティ(商品)、未公開クレジット、さらには美術品やワインなども含まれる、非常に多岐にわたる資産群です。
近年、世界的な低金利環境が続く中で、伝統的資産だけでは十分なリターンを確保することが難しくなってきました。また、金融市場のグローバル化と複雑化が進み、株式と債券の価格が同じように動く場面も増えています。このような状況下で、ポートフォリオ全体のリスクを抑えつつ、安定したリターンを目指すための有力な選択肢として、オルタナティブ投資が機関投資家を中心に注目を集めています。
オルタナティブ投資がポートフォリオに組み入れられる最大の理由は、その分散効果にあります。多くのオルタナティブ資産は、株式や債券といった伝統的資産との価格変動の相関性が低い、あるいは負の相関を持つとされています。例えば、ある研究では、1990年から2000年にかけてのヘッジファンドのリターンは、株式や債券のリターンとの相関が低いことが示されており、ポートフォリオに加えることでリスクを低減できる可能性が示唆されています [1]。また、コモディティ先物(商品先物)は、長期間にわたって株式と負の相関を示し、株式と同程度のリターンを提供してきたという分析もあります [2]。
ポートフォリオに異なる値動きをする資産を組み入れることで、ある資産が下落した際に、他の資産の上昇がその損失を補う効果が期待できます。これにより、ポートフォリオ全体の値動きを安定させ、より効率的な資産運用を目指すことが可能になります。オルタナティブ投資は、この「値動きの異なる資産」としての役割を担うことで、投資戦略の選択肢を広げる重要な要素となっています。
長所・短所の解説、利益例・損失例の紹介
長所と収益事例
オルタナティブ投資の最大の長所は、概論でも触れた通り、伝統的資産との相関の低さがもたらすポートフォリオの分散効果です。これにより、市場全体が不安定な時期でも、資産価値の大きな下落を避ける助けとなる可能性があります。特定の状況下では、オルタナティブ資産が「安全な避難先」として機能した事例も報告されています。例えば、ある著名な研究では、金は金融市場が極端な下落に見舞われた際に、株式に対する安全資産として短期間機能することが示されています [3]。
また、オルタナティブ投資は新たな収益源泉となる可能性を秘めています。市場の非効率性や、特定の専門知識が必要とされる分野に投資することで、伝統的資産では得られないリターンを目指すことができます。特にプライベートエクイティ(未公開株)は、長期的に公開株式市場を上回るリターンを上げてきたという研究結果が報告されています。ある著名な研究によれば、プライベートエクイティファンドの平均リターンは、S&P500のような公開市場のインデックスを年率で約3%上回っていたとされています [4]。
不動産投資信託(REIT)もオルタナティブ投資の一例であり、具体的な収益事例が報告されています。ある研究によれば、レバレッジや手数料などの差を調整した上で、米国のREITで構成されたパッシブ・ポートフォリオは、1994年から2012年の期間において、非公開の不動産市場ベンチマークを年率で49ベーシスポイント(0.49%)上回る成績を収めていたことが示されています [5]。これは、REITが非公開市場への投資に比べて、超過リターンを生み出す可能性があったことを示唆する一例です。
短所とリスク
一方で、オルタナティブ投資には無視できない短所やリスクも数多く存在します。
第一に、流動性の低さが挙げられます。多くのオルタナティブ資産は、株式のように取引所で自由に売買することができず、一度投資すると長期間資金を引き出せない場合があります。ヘッジファンドのリターン報告に見られる統計的な特性(系列相関)は、ファンドが保有する非流動資産を反映している可能性があると指摘されており、報告されるリターンが必ずしも実際の市場価値の変動を表していないリスクを示唆しています [6]。
第二に、評価の難しさと透明性の欠如です。未公開株や不動産など、決まった市場価格が存在しない資産は、その価値を正確に評価することが困難な場合があります。このため、投資家が不利な価格で取引をしてしまうリスクや、ファンドの運用成績が実態よりも良く見えてしまう可能性があります。
第三に、手数料の高さです。オルタナティブ投資の多くは、運用が複雑で専門性を要するため、運用手数料や成功報酬が伝統的な投資信託よりも高く設定されているのが一般的です。これらのコストは、最終的なリターンを大きく押し下げる要因となり得ます。
最後に、アクセスの難しさも短所の一つです。多くのオルタナティブ投資は、最低投資額が数千万円から数億円と高額に設定されており、適格機関投資家など一部の投資家にしか門戸が開かれていません。個人投資家が直接投資することは難しいのが現状です。これらのリスクを十分に理解し、自身の投資目的やリスク許容度に合致するかを慎重に判断する必要があります。
非対称性と摩擦の視点から
ポジティブファクター:Asymmetry
オルタナティブ投資の世界には、収益機会の源泉となる多くの「非対称性」が存在します。これは、メディアの名称であるAsymmetry Signalが着目する重要な概念です。
一つは、情報の非対称性です。特にプライベートエクイティや不動産、未公開クレジットといった市場は、取引所のように情報が公開されているわけではありません。運用者は、独自のネットワークや詳細なデューデリジェンス(資産査定)を通じて、一般の投資家がアクセスできない情報を得ることができます。この情報優位性を活用し、割安な資産を発掘したり、投資先企業の価値向上に深く関与したりすることで、市場平均を上回るリターンを生み出す可能性が生まれます。しかし、この非対称性は裏を返せば、情報を持たない投資家側にとってはリスクそのものです。運用者の能力を正しく見極められなければ、不利な投資判断を下してしまう危険性と表裏一体です。
もう一つは、収益構造の非対称性です。多くのヘッジファンド戦略は、市場が特定の状況になった時に大きな利益が得られるような、オプションに似た収益構造を持っています。例えば、市場の大きな変動を予測してポジションを取るグローバルマクロ戦略や、株価の下落時に利益を上げるショート戦略などがこれにあたります。これらは、通常の市場環境では小さな利益か損失を積み重ねるかもしれませんが、予測が的中した際には投資額の何倍ものリターンをもたらす非線形な利益を生み出します。このような非対称なペイオフは、伝統的な資産運用では得難い、オルタナティブ投資ならではの魅力と言えます。
ネガティブファクター:Friction
一方で、オルタナティブ投資のリターンを阻害する「摩擦」も数多く存在します。これらを理解し、いかに克服するかは、投資の成否を分ける重要な鍵となります。
手数料やスプレッドはあらゆる投資に共通する摩擦ですが、オルタナティブ投資では特にその影響が大きくなります。運用にかかるマネジメントフィー(管理手数料)に加え、利益の一部を成功報酬として徴収するキャリードインタレスト(業績連動報酬)が設定されていることが多く、これらのコストは投資家が得るリターンを直接的に減少させます。
よりこの分野に特有な摩擦として、流動性の欠如が挙げられます。多くのオルタナティブ投資には、数年から10年以上にわたるロックアップ(解約禁止)期間が設定されています。これは、非流動的な資産に長期で投資するために必要な仕組みですが、投資家から見れば、市場環境が変化しても資金を動かせないという大きな制約、つまり摩擦です。また、ヘッジファンドなどに見られるゲート条項(一度に解約請求できる投資家の割合や金額を制限する条項)は、金融危機時など投資家が一斉に資金を引き揚げようとする際に発動し、換金を妨げる強力な摩擦として機能します。
さらに、参入障壁そのものも大きな摩擦です。前述の通り、多くのオルタナティブ投資は最低投資額が非常に高く、富裕層や機関投資家に限定されています。この高いハードルは、優れた投資機会へのアクセスを妨げる摩擦として、幅広い投資家の前に立ちはだかっています。
総括
この記事では、オルタナティブ投資の基本的な概念から、その長所・短所、そして収益機会とリスクの源泉となる非対称性・摩擦について解説しました。
- オルタナティブ投資は伝統資産以外の投資対象であること。
- 主な利点は、分散効果によるポートフォリオのリスク低減と新たな収益機会の提供。
- 主な欠点は、低い流動性、高い手数料、透明性の欠如、アクセスの難しさ。
- 非対称性(情報、収益構造)がリターンの源泉であり、リスクの源泉でもあること。
- 摩擦(手数料、ロックアップ、参入障壁)がリターンを阻害する要因であること。
用語集
オルタナティブ投資 株式や債券といった伝統的な資産以外の投資対象全般を指す。ヘッジファンド、プライベートエクイティ、不動産、コモディティなどが含まれる。
伝統的資産 古くから主要な投資対象とされてきた資産クラスで、一般的に株式と債券を指す。
ポートフォリオ 投資家が保有する金融資産の組み合わせ、またはその一覧のこと。リスクを分散させるために、異なる種類の資産で構成することが一般的。
分散効果 値動きの異なる複数の資産を組み合わせることで、全体のリスクを低減させる効果のこと。
相関性 二つの異なる資産の価格が、どの程度同じ方向に動くかを示す指標。相関が低いほど分散効果は高まる。
ヘッジファンド 様々な運用戦略を駆使して、市場の動向に関わらず絶対的なリターンを追求するファンド。私募形式で、主に富裕層や機関投資家から資金を集める。
プライベートエクイティ 取引所に上場していない未公開企業の株式のこと。または、それに投資するファンドを指す。
流動性 資産をどれだけ速やかに、かつ市場価格に近い価格で現金化できるかを示す度合い。流動性が低いと、売りたい時に売れない、あるいは不利な価格で売らざるを得ないリスクがある。
REIT(リート) Real Estate Investment Trustの略で、不動産投資信託のこと。投資家から集めた資金で不動産を購入・運用し、その賃貸収入や売却益を投資家に分配する金融商品。
コモディティ 商品先物市場で取引される、エネルギー、貴金属、農産物などの商品のこと。インフレに強い資産とされることがある。
参考文献一覧
[1] Amin, G. S., & Kat, H. M. (2003). Hedge fund performance 1990-2000: Do the “money machines” really add value?. Journal of Financial and Quantitative Analysis, 38(2), 251-274.
https://doi.org/10.2307/4126750
[2] Gorton, G., & Rouwenhorst, K. G. (2006). Facts and fantasies about commodity futures. Financial Analysts Journal, 62(2), 47-68.
https://doi.org/10.2469/faj.v62.n2.4083
[3] Baur, D. G., & Lucey, B. M. (2010). Is gold a hedge or a safe haven? An analysis of stocks, bonds and gold. Financial Review, 45(2), 217-229.
https://doi.org/10.1111/j.1540-6288.2010.00244.x
[4] Harris, R. S., Jenkinson, T., & Kaplan, S. N. (2014). Private equity performance: What do we know?. The Journal of Finance, 69(5), 1851-1882.
https://doi.org/10.1111/jofi.12154
[5] Ling, D. C., & Naranjo, A. (2015). Returns and Information Transmission Dynamics in Public and Private Real Estate Markets. Real Estate Economics, 43(1), 163-208.
https://doi.org/10.1111/1540-6229.12069
[6] Getmansky, M., Lo, A. W., & Makarov, I. (2004). An econometric model of serial correlation and illiquidity in hedge fund returns. Journal of Financial Economics, 74(3), 529-609.
https://doi.org/10.1016/j.jfineco.2004.04.001
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