ウェブスクレイピング: ナラティブの源泉となるニュースやSNSのデータをどう収集するか

概論

近年のAI技術の発展が、市場を動かす「物語(ナラティブ)」の定量的分析を可能にしたことは、これまでの記事で解説してきました。しかし、AIがその能力を発揮するためには、まず分析対象となる膨大なテキストデータを収集しなければなりません。この、ナラティブ経済学 [1] の実践における不可欠な第一歩を担う技術が、ウェブスクレイピングです。

ウェブスクレイピングとは、特定のウェブサイトから必要な情報を、コンピュータプログラムを用いて自動的に抽出し、収集する技術全般を指します。人間がブラウザでウェブページを一つ一つ開き、情報をコピー&ペーストする作業を、プログラムが何千、何万回と高速に繰り返すものだと考えればよいでしょう。これにより、ニュースサイトの記事本文、SNSの投稿、電子掲示板のコメントといった、ウェブ上に散在する膨大なナラティブの源泉を、体系的なデータセットとして手元に集めることが可能になります。

金融分野におけるこのアプローチは、決して目新しいものではありません。学術研究の世界では、2000年代初頭には既に、インターネット上の株価掲示板から大量の投稿を自動収集し、その情報が市場の取引量やボラティリティとどう関連するかを分析する、先駆的な試みがなされていました [2]。ウェブスクレイピングは、インターネットそのものを、金融市場を分析するための巨大なデータベースへと変貌させる、強力なツールなのです。

長所・短所の解説、利益例・損失例の紹介

長所:データ収集の自動化とスケール

ウェブスクレイピングがナラティブ分析にもたらす最大の強みは、その圧倒的な「スケール」と「効率性」にあります。人間が物理的に不可能な規模のデータ収集を、プログラムが自動的に、そして高速に実行してくれます。

このスケールメリットを活かした「収益事例」としては、まずセンチメント分析が挙げられます。例えば、数百万件に及ぶ新聞記事のアーカイブを収集・分析したある研究では、ニュースのセンチメントが、特に景気後退期において、将来の株式リターンを予測する力を持つことが示されました [3]。このような大規模な歴史的分析は、ウェブスクレイピングのような自動収集技術なしには実現不可能です。

また、ウェブスクレイピングは、これまで分析の対象とされてこなかった、全く新しいデータソースへの扉を開きました。その代表例が、Twitterのようなソーシャルメディアです。ある著名な研究では、Twitter上の膨大な投稿から人々の集合的な「気分」を測定し、その気分の変動が、数日後のダウ平均株価の動きを高い精度で予測することを発見しました [4]。これは、SNS上に溢れる人々の生の声が、市場のセンチメントを測るための新たな情報源となり得ることを示した画期的な事例です。

このように、ウェブスクレイピングは、ナラティブ分析の信頼性と再現性を担保する上でも重要な役割を果たします。テキストをデータとして扱う一連のプロセスにおいて、体系的なデータ収集は、客観的な分析を行うための科学的な基盤となるのです [5]。

短所:技術的、法的、倫理的な課題

その強力なデータ収集能力にもかかわらず、ウェブスクレイピングの実践は、数多くの困難な課題と隣り合わせです。その短所やリスクを理解しないまま安易に手を出すと、思わぬトラブルに発展する可能性があります。

第一に、技術的なハードルです。ウェブサイトの構造は頻繁に変更されるため、一度作成したプログラムが、ある日突然動かなくなることは日常茶飯事です。また、多くのウェブサイトは、サーバーへの過剰な負荷を防ぐため、あるいは自社のデータを守るために、プログラムによる自動アクセスを検知し、ブロックする仕組み(CAPTCHA認証など)を導入しています。スクレイピングプログラムの構築と維持には、これらの障害を乗り越えるための、継続的な技術的努力が求められます。

第二に、そして最も深刻なのが、法的および倫理的な問題です。多くのウェブサイトは、その利用規約でプログラムによる自動的なデータ収集を明確に禁止しています。利用規約に違反したスクレイピングは、法的な紛争に発展するリスクをはらんでいます。また、著作権で保護されたコンテンツ(ニュース記事など)を無断で大量に収集・利用することは、著作権侵害にあたる可能性があります。

最後に、収集されるデータの質とバイアスの問題も無視できません。例えば、SNSのユーザーは、必ずしも社会全体の縮図ではありません。特定のプラットフォームのデータだけを分析した場合、その結論は、そのプラットフォームのユーザー層という偏ったサンプルに基づいたものになってしまいます。収集したデータが、どのようなプロセスで生成され、どのようなバイアスを含んでいるかを慎重に吟味しなければ、ナラティブ分析は容易に誤った結論を導き出してしまうのです [5]。

非対称性と摩擦の視点から

ウェブスクレイピングは、市場に存在する「情報の非対称性」を解消するための強力な武器であると同時に、それ自体が新たな非対称性と、乗り越えるべき「摩擦」を生み出すという二面性を持っています。

Asymmetry:情報の非対称性との戦い

ウェブスクレイピングの本質は、これまで一部の専門家や熱心な個人しかアクセスできなかった、ウェブ上の膨大で非構造的な情報へのアクセスを民主化し、「情報の非対称性」を低減させる試みです。ある企業の評判に関する無数のSNS投稿や、専門家フォーラムでの議論[2]は、伝統的な財務データには現れない、貴重な情報の宝庫となり得ます。スクレイピングは、これらの情報を体系的に収集することで、個人投資家と機関投資家の間の情報格差を埋める可能性を秘めています。

しかし、皮肉なことに、ウェブスクレイピング技術そのものが、新たな情報の非対称性を生み出してもいます。高度なスクレイピング技術や、収集した膨大なデータを処理・分析するための計算資源を持つ者(巨大なヘッジファンドやIT企業など)と、そうでない者との間には、新たな技術的・経済的な格差が生まれます。結果として、情報の非対称性は解消されるのではなく、その戦いの舞台が、人による情報収集から、アルゴリズムによるデータ収集へと移っただけなのかもしれません。

Friction:データ収集に立ちはだかる摩擦

ナラティブ分析の理想は、ウェブ上のあらゆる情報を自由に収集し、分析することです。しかし、現実のデータ収集プロセスは、様々な「摩擦」に満ちています。

最も直接的な摩擦は、ウェブサイト運営者側が設置する「技術的・法的な障壁」です。多くのウェブサイトは、プログラムによる自動アクセスを検知してブロックする仕組みや、利用規約によってスクレイピングを明確に禁止しています。これらの障壁は、データ収集という行為そのものを妨げる、極めて強力な摩擦として機能します。

次に、収集したデータの「品質という摩擦」が存在します。ウェブ上から自動収集した生データは、広告、ナビゲーションメニューといったノイズや、重複した情報、誤った情報などが大量に含まれた「汚れた」データです。この生データを、AIが分析可能なクリーンなデータセットへと変換する「データクレンジング」や「前処理」のプロセスは、多大な時間と労力を要する、非常に大きな摩擦です。この摩擦をいかに乗り越えるかが、分析の質を決定づけます [5]。

最後に、収集したデータの「バイアスという摩擦」も深刻です。特定のニュースメディアやSNSプラットフォームから収集したデータは、そのメディアの編集方針やユーザー層の特性といったバイアスを色濃く反映します。このバイアスを理解せずに分析を行えば、導き出される結論もまた、歪んだものになってしまうのです。

総括

  • ウェブスクレイピングは、ニュースサイトやSNSといったウェブ上の情報源から、ナラティブ分析の元となるテキストデータを自動的に収集する技術です。
  • この技術は、ナラティブ経済学[1]の実践において不可欠な第一歩であり、株価掲示板[2]やTwitter[4]といった新たな情報源の分析を可能にしました。
  • その最大の長所は、人間では不可能な規模のデータを効率的に収集できる点にあり、センチメント分析などの大規模な実証研究を支えています [3, 5]。
  • 一方で、ウェブサイト側の技術的な防御策や、利用規約や著作権といった法的・倫理的な問題は、スクレイピングを実践する上での大きな「摩擦」となります。
  • さらに、収集したデータの品質管理や、情報源が持つバイアスの問題も、分析の信頼性を確保する上で乗り越えるべき重要な課題です [5]。

用語集

ウェブスクレイピング コンピュータプログラムを用いて、ウェブサイトから情報を自動的に抽出し、収集する技術のこと。

ナラティブ経済学 経済的な事象が、人々の間で語られる「物語(ナラティブ)」の流行や伝播によって、どのように影響を受けるかを研究する学問分野。

非構造化データ 数値データのように決まった形式を持たないデータのこと。ウェブページ上のテキスト、SNSの投稿、フォーラムのコメントなどが含まれる。

API (Application Programming Interface) ソフトウェアやウェブサービスが、外部の他のプログラムと情報をやり取りするための規約やインターフェース。多くのSNSプラットフォームは、スクレイピングの代わりに、規約に沿ったデータ収集のためのAPIを提供している。

CAPTCHA ウェブサイトへのアクセスが、人間によるものかコンピュータプログラムによるものかを判別するための認証技術。ウェブスクレイピングに対する技術的な障壁の一つ。

利用規約 ウェブサイトやサービスの提供者が、利用者に対して提示する、利用上のルールや条件を定めたもの。多くの場合、無断での自動データ収集を禁止している。

センチメント分析 テキストデータに含まれる意見や感情(ポジティブ、ネガティブ、ニュートラルなど)を、AIが自動的に判定・定量化する技術。

コーパス 自然言語処理の分野で、分析の対象となる大量のテキストデータのこと。

データクレンジング/前処理 収集した生のデータから、ノイズ(HTMLタグなど)、重複、誤りなどを取り除き、分析に適した形式に整える作業のこと。

Python ウェブスクレイピングやデータ分析、AI開発の分野で最も広く利用されているプログラミング言語の一つ。

参考文献一覧

[1] Shiller, R. J. (2017). Narrative economics. American Economic Review, 107(4), 967-1004.
https://doi.org/10.1257/aer.107.4.967?utm_source=chatgpt.com

[2] Antweiler, W., & Frank, M. Z. (2004). Is all that talk just noise? The information content of internet stock message boards. The Journal of Finance, 59(3), 1259-1294.
https://doi.org/10.1111/j.1540-6261.2004.00662.x

[3] Garcia, D. (2013). Sentiment during recessions. The Journal of Finance, 68(3), 1267-1300.
https://doi.org/10.1111/jofi.12027

[4] Bollen, J., Mao, H., & Zeng, X. (2011). Twitter mood predicts the stock market. Journal of Computational Science, 2(1), 1-8.
https://doi.org/10.1016/j.jocs.2010.12.007

[5] Gentzkow, M., Kelly, B., & Taddy, M. (2019). Text as data. Journal of Economic Literature, 57(3), 535-574.
https://doi.org/10.1257/jel.20181020?utm_source=chatgpt.com

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