金融商品の複雑さはリターンを高めるか:複雑さに隠された真実

一見すると、複雑な金融商品は、専門的な知識を駆使して設計された高度なものに見えます。その難解な数式や独自の仕組みは、まるで市場の隠れた収益機会を捉えるための特別な力を持っているかのように感じられるかもしれません。投資家は、その「複雑さ」自体を付加価値と捉え、シンプルな商品よりも高いリターンを期待して手を伸ばします。しかし、学術的な研究が明らかにする現実は、その期待とは大きく異なります。金融商品の複雑さは、本当に投資家のリターンを高めるのでしょうか。

結論から言えば、多くの研究がその問いに否と答えています。それどころか、複雑さは多くの場合、投資家ではなく、商品を設計し販売する金融機関の利益を高めるためのツールとして機能している可能性が示唆されています。CélérierとValléeが2017年に発表した研究は、この問題を鋭く指摘しています [3]。彼らの分析によると、金融機関は投資家がリスクに対して楽観的になっている時期を狙って、より複雑な商品を積極的に販売する傾向があります。これらの商品は、販売時点では魅力的な利回りを提示しているように見えますが、結果的には、同様のリスクを持つシンプルな商品に比べてパフォーマンスが劣後することが多いのです [3]。

この「見かけの魅力」と「実際の価値」の乖離は、他の研究でも確認されています。HendersonとPearsonは2011年の論文で、ある個人向け金融商品の価格設定を詳細に分析しました [2]。その結果、その商品は、金融の専門家が計算した理論的な価値(公正価値)を大幅に上回る価格で販売されていたことが明らかになりました [2]。つまり、投資家は商品の複雑な特徴に対して、過大なプレミアムを支払っていたのです。なぜこのようなことが起こるのでしょうか。Jonathan Carlinは2009年の研究で、企業が意図的に価格体系を複雑にすることで、他社との価格競争を和らげ、より多くの利益を得ようとする戦略的行動を理論的に示しました [1]。また、GabaixとLaibsonによる2006年の研究は、企業が商品の不利な属性(例えば、後から発生する高額な手数料など)を意図的に隠す「シュラウデッド・アトリビュート(覆い隠された属性)」という概念を提唱しており、複雑な商品はまさにこの隠れ蓑として機能しやすいのです [5]。実際に、StoimenovとWilkensが2005年に行った仕組み商品の分析では、多くの商品がその公正価値よりも高い価格で販売されていることが実証されています [4]。

この記事では、これらの学術的知見を基に、金融商品の複雑さがなぜ投資家のリターン向上に繋がりにくいのか、その背後にあるメカニズムと、投資家が取るべき行動について深く掘り下げていきます。


複雑さの代償:なぜ投資家は損をするのか

複雑さを理解しないことの重要性とリスク

金融商品の複雑さがもたらす影響を理解することは、自らの資産を守る上で極めて重要です。なぜなら、複雑な商品は、投資家と金融機関の間に存在する情報の非対称性を巧みに利用するように設計されている場合が少なくないからです。

この問題を理解しない最大のリスクは、商品の本質的な価値を見誤り、「複雑さ」という名の幻想に高い対価を支払ってしまうことです。HendersonとPearsonが示したケーススタディのように、投資家は革新的で高度な仕組みだと信じているものに対して、実際には公正価値を大幅に超える金額を支払っているかもしれません [2]。これは、レストランで高級食材を使っていると説明された料理が、実はありふれた食材でできていたにもかかわらず、高額な料金を請求されるようなものです。投資家は、リターンではなく、不要な複雑さと販売者の高い利益のために、自分のお金を差し出していることになるのです。

複雑さが利益と損失に与える影響

金融商品の複雑さは、誰かの利益であると同時に、誰かの損失となります。しかし、その利益を得るのは、多くの場合、投資家ではありません。

損失例として、ある仕組み商品に投資したケースを考えてみましょう。その商品は「株価が一定の範囲内に収まっていれば、年率10%の高いクーポンが支払われる」という魅力的な宣伝文句で販売されています。しかし、その商品の価格には、複雑なオプションの価値評価や、販売する金融機関の利益、そして高い手数料が厚く上乗せされています [4]。結果として、投資家は最初から不利な価格で購入することになります。たとえ市場が予想通りに動いてクーポンが支払われたとしても、手数料や当初の割高な価格設定によって、最終的なリターンは、同じリスクを持つ単純な株式や債券に投資していた場合を大きく下回ってしまう可能性があります。

一方で、利益を得るのは商品を販売する金融機関です。CélérierとValléeの研究が示すように、金融機関は、投資家が高い利回りを求めている市場環境を捉え、複雑な商品を設計・販売することで、より高い手数料やスプレッド(売値と買値の差)を稼ぐことができます [3]。複雑さは、商品の真のコストを分かりにくくし、金融機関が利益を確保するための強力な手段となるのです。


金融機関はなぜ商品を複雑にするのか

投資家の需要に「応える」という戦略

金融機関が商品を複雑にする一つの大きな理由は、投資家の需要や市場のセンチメントに「応える(Catering)」ためです。CélérierとValléeの研究によれば、投資家が将来に対して楽観的で、高い利回りを積極的に探し求める時期に、金融機関はより複雑な商品を市場に投入する傾向があります [3]。

これらの商品は、投資家がその時に求めている特徴(例えば、高いクーポン収入や、元本がある程度保証されているような安心感)を前面に押し出すように設計されています。しかし、その魅力的な特徴を実現するために、商品の裏側では、投資家には不利な条件が組み込まれていたり、非常に高い手数料が課せられていたりします。つまり、複雑さは、投資家の希望に応えているように見せかけながら、その実、不利な条件を覆い隠し、金融機関の利益を最大化するための手段として利用されているのです [3]。

競争を避けるための「煙幕」としての複雑さ

複雑さは、同業他社との直接的な価格競争を避けるための「煙幕」としても機能します。Jonathan Carlinの理論モデルが示すように、もし市場にあるすべての商品がシンプルで比較しやすければ、消費者は最も価格の安い(つまり手数料の低い)商品を簡単に見つけ出すことができます [1]。そうなると、企業間での価格競争が激しくなり、利益はどんどん圧縮されていきます。

そこで、企業は意図的に商品を複雑にし、他社製品との比較を困難にします。商品の仕組みや手数料体系をわざと分かりにくくすることで、消費者が「どの商品が本当に自分にとって有利なのか」を判断するためのコスト(サーチコスト)を引き上げるのです。その結果、価格競争は緩和され、それぞれの企業はより高い価格を維持することが可能になります [1]。これは、金融商品だけでなく、携帯電話の料金プランなど、私たちの身の回りの多くの市場で見られる現象です。

不利な属性を「覆い隠す」ための複雑さ

複雑な商品は、商品の不利な点を消費者の目から「覆い隠す(Shrouding)」ための絶好のツールとなります。GabaixとLaibsonが提唱したこの概念は、特に金融商品の世界で重要な意味を持ちます [5]。

多くの商品は、購入時点では魅力的に見える「主要な属性」と、後になってから影響が出てくる「付随的な属性」を持っています。例えば、高いクーポン収入は主要な属性ですが、その裏に隠された高額な解約手数料や、特定の条件下で元本が大きく毀損するリスクは、付随的な属性と言えます。企業は、消費者が目先の主要な属性に注目し、将来の付随的な属性を軽視する傾向(近視眼的な行動)があることを知っています。そのため、複雑な契約書や難解な数式を用いて、これらの不利な属性を意図的に分かりにくくするのです [5]。その結果、投資家は商品の全体像を正しく理解しないまま、不利な条件を含んだ契約にサインしてしまうことになります。


金 ઉನ್ನತ ತಂತ್ರಜ್ಞಾನದಲ್ಲಿ ಅಸಮಾನತೆ ಮತ್ತು ಘರ್ಷಣೆ

Asymmetry:情報と専門知識の非対称性

金融商品の複雑さがもたらす問題の核心には、商品を提供する金融機関と、それを購入する投資家の間に存在する、圧倒的な「情報と専門知識の非対称性」があります。

金融機関側には、デリバティブや金融工学を専門とする高度な知識を持つプロフェッショナルがいます。彼らは、複雑な商品のあらゆる側面を理解し、その理論的な公正価値をミリ秒単位で計算することができます。一方で、個人投資家の多くは、金融の専門家ではありません。彼らにとって、複雑な商品の目論見書や契約書を隅々まで読み解き、その真のリスクとリターンを正確に評価することは、ほとんど不可能です。HendersonとPearsonによる詳細な事例研究は、この情報格差がいかに大きいかを明確に示しています [2]。

この知識の非対称性こそが、金融機関に有利な状況を生み出します。金融機関は、投資家が商品の価値を正確に測れないことを知っているため、公正価値を大幅に上回る価格を設定することが可能になるのです。複雑さは、この情報の非対称性をさらに拡大、固定化させる装置として機能します。

Frictions:認知コストと行動バイアスという摩擦

投資家がこの非対称性を乗り越えようとするとき、いくつかの大きな「摩擦(障壁)」に直面します。

一つ目の摩擦は、理解するための「認知コスト」です。複雑な商品を正しく理解し、その価値を評価するためには、膨大な時間と精神的なエネルギーが必要です。多くの投資家にとって、この認知コストはあまりにも高すぎます。そのため、彼らは詳細な分析を諦め、販売員の説明や、宣伝文句で強調されている「年利〇%」といった、分かりやすいが必ずしも本質ではない情報に頼って意思決定を行ってしまいます。Carlinのモデルでは、この認知コストが「サーチコスト」として表現されており、複雑さはサーチコストを引き上げることで、投資家が最適な選択をすることを妨げます [1]。

二つ目の摩擦は、人間の「行動バイアス」です。GabaixとLaibsonが指摘するように、人間には目先の利益や分かりやすい情報に飛びつき、将来のリスクや隠れたコストを軽視してしまう「近視眼的」な傾向があります [5]。複雑な商品は、このバイアスを巧みに利用します。魅力的なクーポン収入という分かりやすい利益を前面に押し出し、その裏に隠されたリスクや手数料といった不利な情報を投資家に見過ごさせるのです。これらの認知的な摩擦と行動バイアスが組み合わさることで、投資家は自らにとって不利な商品を、そうとは知らずに受け入れてしまうのです。


複雑さから資産を守るための具体的なアクション

すぐできること

金融商品の複雑さから自身の資産を守るために、今日からすぐに実践できることがあります。

それは、「シンプルさを最優先する」という原則を徹底することです。もし、ある金融商品の仕組みや、どのような場合に利益が出て、どのような場合に損失が出るのかを、家族や友人に簡単な言葉で説明できないのであれば、その商品には投資すべきではありません。特に、「元本保証」や「高い利回り」といった魅力的な言葉が並んでいる場合は、なぜそれが可能なのか、その裏にあるリスクや手数料は何かを、販売者に執拗に問い詰める姿勢が重要です。説明が曖昧であったり、理解が難しいと感じたりした場合は、勇気を持って「ノー」と言うことが賢明な判断です。

長期的に取り組むこと

長期的な資産形成を目指す上では、目先の複雑な商品に惑わされず、一貫した哲学を持つことが重要です。

その中核となるのは、投資ポートフォリオを、できる限り透明性が高く、低コストで、理解しやすい商品で構築することです。具体的には、特定の市場全体に連動する、低コストなインデックスファンドやETF(上場投資信託)がその中心となるべきです。これらの商品は、仕組みがシンプルで分かりやすく、コストも非常に低く抑えられています。

金融商品における「イノベーション」や「複雑さ」は、多くの場合、投資家のためではなく、販売者の利益のために生み出される、という事実を常に心に留めておく必要があります。最新の複雑な商品を追いかけるよりも、基本的な金融の原理原則を学び、規律ある長期的な視点を維持することこそが、資産を守り育てるための最も確実な道筋となるでしょう。

総括

  • 学術的な証拠は、金融商品の複雑さが投資家のリターンを高めるという考えに否定的です。
  • 複雑さは、商品の真の価値やコストを覆い隠し、投資家が公正価値よりも高い価格を支払わされる一因となります [2, 4]。
  • 金融機関は、投資家の楽観的なセンチメントや行動バイアスを利用し、利益率の高い複雑な商品を販売する戦略をとることがあります [3, 5]。
  • 複雑さは、企業間の価格競争を緩和させ、金融機関がより高い手数料を維持するためのツールとしても機能します [1]。
  • 投資家は、商品を提供する側との間に存在する圧倒的な「情報の非対称性」を常に認識する必要があります。
  • 結論として、投資家は複雑さを避け、透明性が高く、シンプルで、低コストな商品を自らのポートフォリオの中核に据えるべきです。

用語集

仕組み商品(Structured Products) 株式、債券、為替、コモディティなどの伝統的な資産と、デリバティブ(金融派生商品)を組み合わせて作られた金融商品。特定の条件下で高いリターンが得られるように設計されているが、その構造は非常に複雑であることが多い。

公正価値(Fair Value) ある資産や商品を、金融工学のモデルなどを用いて理論的に算出した、客観的で合理的な価値のこと。複雑な金融商品では、販売価格がこの公正価値を上回っている場合がある。

シュラウデッド・アトリビュート(Shrouded Attributes) 「覆い隠された属性」と訳される。商品の価格や契約内容の中で、消費者が気づきにくい、あるいは意図的に分かりにくくされている不利な条件(高額な追加料金など)のこと。

情報の非対称性(Information Asymmetry) 取引を行う当事者間で、保有している情報に格差がある状態。金融商品の取引では、通常、商品を設計・販売する金融機関側が、購入する投資家よりもはるかに多くの情報を持っている。

スプレッド(Spread) 金融取引における、売値(ビッド)と買値(アスク)の差額のこと。金融機関にとっては、この差額が収益源の一つとなる。

参考文献一覧

[1] Carlin, B. I. (2009). Strategic Price Complexity in Retail Financial Markets. The Journal of Finance, 64(5), 2223–2252.https://doi.org/10.1016/j.jfineco.2008.05.002

[2] Henderson, B. J., & Pearson, N. D. (2011). The dark side of financial innovation: A case study of the pricing of a retail financial product. Journal of Financial Economics, 100(2), 227–247.https://doi.org/10.1016/j.jfineco.2010.12.006

[3] Célérier, C., & Vallée, B. (2017). Catering to Investors Through Product Complexity. The Journal of Finance, 72(3), 1207–1245.https://dx.doi.org/10.2139/ssrn.3723360

[4] Stoimenov, P. A., & Wilkens, S. (2005). Are structured products fairly priced?. Journal of Banking & Finance, 29(12), 2971–2993.https://doi.org/10.1016/j.jbankfin.2004.11.001

[5] Gabaix, X., & Laibson, D. (2006). Shrouded Attributes, Consumer Myopia, and Information Suppression in Competitive Markets. The Quarterly Journal of Economics, 121(2), 505–540.https://doi.org/10.1162/qjec.2006.121.2.505

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