NFTの価格はどのように決まるのか?学術論文から解き明かす市場のメカニズム

NFT、すなわちノンファンジブル・トークン(Non-Fungible Token)は、ブロックチェーン技術を用いてデジタルデータに唯一無二の所有権を証明する画期的な仕組みです。この技術の登場により、デジタルアートやコレクティブルアイテムが活発に取引される巨大な市場が生まれました。しかし、多くの投資初心者にとって、NFTの価格が一体どのようにして決まるのかは大きな謎でしょう。中には数億円もの価格で取引される作品がある一方で、ほぼ無価値なものも存在します。この価格の背後にあるメカニズムを理解することは、NFTへの投資を検討する上で極めて重要です。

一般的な金融商品、例えば株価であれば、企業の業績や経済指標といった価格を支える明確な要因が存在します。しかし、NFTの価格形成はより複雑で、多岐にわたる要因が絡み合っているのが現実です。普通の解説サイトでは、この複雑なメカニズムを「需要と供給で決まる」といった表面的な説明で終えてしまうことが少なくありません。しかし、当メディアは学術的な根拠に基づき、その本質に深く迫ります。

近年の研究では、NFT市場の全体像や価格決定要因について、具体的なデータに基づいた分析が進められています。例えば、Nadiniらの研究では、2017年から2021年にかけてのNFT市場の取引データを分析し、市場がアートやゲームといった複数のカテゴリーで構成されていることや、取引が一部の熟練したトレーダーに集中している傾向を明らかにしました [1]。このような市場の構造そのものが、価格形成に影響を与えているのです。さらに、NFTの価格は、それ自身の特性だけでなく、より大きな暗号資産市場全体の動向、特にビットコイン(BTC)やイーサ(ETH)の価格変動と強く関連していることも指摘されています [2]。本記事では、これらの学術的な知見を基に、NFTの価格形成メカニズムを多角的に解き明かし、市場に潜む非対称性や摩擦、そして投資家が取るべき具体的なアクションまでを徹底的に解説します。

NFT市場の価格形成メカニズムの理解が投資にもたらす影響

NFTの価格がどのように決まるのかを学ぶことは、単なる知的好奇心を満たすだけではありません。それは、この新しい資産クラスに対する投資の成功確率を高め、潜在的なリスクを回避するために不可欠な知識となります。

なぜNFTの価格決定要因を知ることが重要なのか

価格決定のメカニズムを知らずにNFT市場に参加することは、羅針盤を持たずに航海に出るようなものです。多くの初心者は、メディアで話題になっていることや、コミュニティの熱狂といった曖昧な情報だけを頼りに投資判断を下してしまいがちです。しかし、何が価格を動かすのかという基本的なフレームワークを持っていなければ、なぜ価格が上がったのか、あるいは下がったのかを振り返って学ぶことができません。それは再現性のない単なるギャンブルになってしまいます。価格形成の要因を理解することで、初めてNFTを「投資」の対象として分析的に捉えることが可能になるのです。

価格メカニズムの知識が投資判断をどう変えるか

価格メカニズムを理解すると、NFTを見る目が変わります。単に「このアートは見た目が好きだ」という主観的な評価から、「このNFTは、過去の取引履歴が良好で、著名なアーティストによる作品であり、さらに現在の暗号資産市場は上昇基調にある」といった、より客観的で多角的な評価を下せるようになります。例えば、NFT市場が暗号資産市場全体と強く連動しているという事実 [2] を知っていれば、イーサリアムの価格が下落している局面で高値のNFTを購入することのリスクを正しく評価できるでしょう。知識は、短期的な熱狂から距離を置き、より冷静な投資判断を下すための強力な武器となります。

利益例・損失例

損失例: 2021年の暗号資産市場の熱狂の中、ある初心者が話題のNFTコレクションを高値で購入しました。彼はそのアートが気に入っていましたが、NFTの価格がイーサ(ETH)の価格と強く相関していることを知りませんでした [2]。その後、暗号資産市場全体が調整局面に入りETHの価格が暴落すると、彼が保有するNFTの価値(ETH建て)はそれほど変わらなかったにもかかわらず、法定通貨換算での価値は購入時の半値以下になってしまいました。

利益例: ある投資家は、NFTの価格がアーティストの過去の実績や作品の視覚的特徴に影響されること [3] を理解していました。彼は、まだあまり知られていないものの、ユニークなスタイルを持ち、小規模ながら熱心なコミュニティを持つアーティストを発見しました。彼はそのアーティストの初期作品を安価なうちにいくつか購入しました。数ヶ月後、そのアーティストが大手プラットフォームに取り上げられたことで知名度が急上昇し、初期作品の価値は購入時の数十倍に跳ね上がりました。これは、価格形成の要因を理解し、市場の熱狂が生まれる前に価値を見出した結果です。

NFTの価格を左右する多角的な要因

NFTの価格は単一の要因で決まるわけではありません。マクロ経済的な視点からミクロな作品固有の特性まで、様々な要素が複雑に絡み合って価格を形成しています。ここでは主要な決定要因を解説します。

暗号資産市場との連動性

NFTの価格を考える上で最も重要なマクロ要因は、暗号資産市場全体の動向です。多くのNFTはイーサリアムブロックチェーン上で取引されるため、基軸通貨であるイーサ(ETH)の価格と強い相関関係にあります [2]。市場全体が強気相場(ブルマーケット)の時は、投資家のリスク許容度が高まり、NFTのようなより投機的な資産にも資金が流入しやすくなります。逆に、弱気相場(ベアマーケット)では、NFT市場からも資金が流出し、価格は下落傾向を強めます。したがって、個別のNFTを分析する前に、まず暗号資産市場全体の「地合い」を把握することが不可欠です。

NFT固有の特性と来歴(プロブナンス)

市場全体の動向に加え、個々のNFTが持つ固有の特性も価格に大きな影響を与えます。Horkyらの研究によると、特にデジタルアート市場においては、アーティストの過去の販売実績や、作品の視覚的な特徴が価格と関連していることが示されています [3]。有名で実績のあるアーティストの作品は高値がつきやすく、また、コレクション内での希少性(レアリティ)も重要な要素です。さらに、そのNFTが過去に誰によって所有されていたかという来歴(プロブナンス)も価格を左右します。著名なコレクターが一度でも所有した作品は、その事実が付加価値となり、価格が上昇する傾向にあります。

オンチェーンデータとオフチェーン情報

NFTの価格分析には、ブロックチェーン上に記録された取引履歴である「オンチェーンデータ」と、SNSやニュースサイトなどブロックチェーン外の情報である「オフチェーン情報」の両方が用いられます。オンチェーンデータからは、そのNFTの過去の全取引価格、所有者の変遷、現在の所有者の数などを客観的に分析できます。一方で、Twitter(現X)での言及数やDiscordコミュニティの活動状況といったオフチェーン情報は、そのプロジェクトに対する人々の関心度や期待感を測るための重要な指標となります [5]。これら二つの情報を組み合わせることで、より精度の高い価格分析が可能になります。

NFT市場の価格形成に潜む非対称性と摩擦

NFT市場はまだ新しく、発展途上の市場です。そのため、従来の金融市場とは異なる、特有の「非対称性(Asymmetry)」と「摩擦(Friction)」が存在します。これらを理解することは、収益機会を発見し、同時に潜在的な損失を回避するために極めて重要です。

ポジティブファクター:非対称性(Asymmetry)

非対称性とは、市場参加者が持つ情報や機会が不均一である状態を指します。これをうまく利用できれば、大きな収益機会(アルファ)につながる可能性があります。

  • 情報の非対称性: NFT市場における最大の非対称性は、情報へのアクセスの差です。新しいプロジェクトが立ち上がる際、その初期情報にアクセスできるのは、特定のDiscordコミュニティに参加しているメンバーや、プロジェクト創設者と繋がりがある一部の人々に限られることがよくあります。彼らは、一般の投資家よりも有利な価格でNFTを手に入れる機会(ホワイトリスト)を得られる可能性があります。この情報の格差が、初期参加者に莫大な利益をもたらす源泉となるのです。
  • ネットワークの非対称性: NFT市場は、少数の影響力のある参加者、いわゆる「クジラ(Whales)」が価格に大きな影響を与えるネットワーク構造を持っています [1]。彼らの動向、つまりどのコレクションを購入または売却したかを追跡することは、市場の将来の動きを予測する上で強力なシグナルとなり得ます。高度なオンチェーン分析ツールを駆使してこのネットワークの非対称性を利用できる投資家は、その他大勢に対して優位に立つことができます。

ネガティブファクター:摩擦(Friction)

摩擦とは、取引の効率性を妨げ、収益を阻害する要因のことです。これらを認識し、いかにして避けるかが重要になります。

  • ガス代(ネットワーク手数料): 特にイーサリアムブロックチェーン上でNFTを取引する際には、「ガス代」と呼ばれるネットワーク手数料が発生します。このガス代はネットワークの混雑状況によって大きく変動し、時にはNFTの本体価格よりも高くなることさえあります。これは取引における直接的なコストであり、特に少額のNFTを頻繁に売買しようとする投資家にとっては、利益を大きく圧迫する深刻な摩擦となります。
  • 流動性の低さ: NFTは「ノンファンジブル(非代替性)」という性質上、株式や暗号資産のようにいつでも即座に売買できるわけではありません。あなたのNFTを買いたいという買い手が現れなければ、取引は成立しないのです。人気のないNFTは全く買い手がつかず、実質的に無価値になってしまう「流動性リスク」を常に抱えています。この流動性の低さは、売りたい時に売れないという、NFT市場における最大の摩擦の一つと言えるでしょう。
  • マーケットプレイス手数料: OpenSeaなどのNFTマーケットプレイスを利用して取引を行う際には、プラットフォームに対して取引額の一定割合(例:2.5%)の手数料を支払う必要があります [4]。これもまた、利益を確定する際に確実に発生するコストであり、収益性を低下させる摩擦要因です。

NFT価格形成の知識を投資に活かす具体的アクション

これまで解説してきたNFTの価格形成メカニズムに関する知識を、実際の投資行動に繋げるための具体的なステップを提案します。

すぐできること

  • 市場全体の温度感を把握する: まずは取引を始める前に、マクロな視点を持つことが重要です。CoinMarketCapやCoinGeckoのようなサイトで、ビットコイン(BTC)やイーサ(ETH)の価格チャートを確認する習慣をつけましょう。市場全体が上昇傾向にあるのか、下落傾向にあるのかを把握するだけで、大きな失敗を避けることができます [2]。
  • 関心のあるプロジェクトのコミュニティに参加する: 特定のNFTコレクションに興味を持ったら、そのプロジェクトの公式ウェブサイトからDiscordやTwitter(X)をフォローしてみましょう。実際に購入しなくても、コミュニティ内でどのような議論が交わされているか、運営チームからの発表は活発かなどを観察することで、プロジェクトの熱量や将来性を肌で感じることができます [5]。

長期的に取り組むこと

  • オンチェーン分析ツールの使い方を学ぶ: Etherscanのようなブロックエクスプローラーの基本的な使い方を学び、特定のNFTの取引履歴や所有者情報を自分で確認できるようになりましょう。これにより、表面的な価格だけでなく、そのNFTがどのような投資家の間を渡り歩いてきたのかという深い文脈を読み解く力がつきます。
  • 自分なりの評価基準を構築する: 本記事で解説した様々な価格決定要因(市場の連動性、NFT固有の特性、コミュニティの熱量など)を基に、自分なりのNFT評価チェックリストを作成することをお勧めします。全ての項目を完璧に満たす必要はありませんが、複数の視点からプロジェクトを評価する癖をつけることで、一時的な誇大広告や感情に流されない、一貫した投資判断が可能になります。

総括

本記事では、学術的な知見を基にNFTの価格形成メカニズムを多角的に解説しました。重要なポイントを以下にまとめます。

  • NFTの価格は、単一の要因ではなく、暗号資産市場全体のマクロな動向、NFT固有のミクロな特性、そしてコミュニティの熱量といったオフチェーン情報が複雑に絡み合って決定される。
  • 特に、基軸通貨であるイーサ(ETH)の価格変動は、多くのNFT価格に強い影響を与えるため、常に注視する必要がある [2]。
  • アーティストの実績や作品の希少性、過去の所有者といった来歴(プロブナンス)がNFTの価値を大きく左右する [3]。
  • NFT市場には、情報へのアクセス格差といった「非対称性」が存在し、これが収益機会の源泉となる一方、ガス代や低い流動性といった「摩擦」が収益を阻害する要因となっている。
  • 成功のためには、これらのメカニズムを理解し、多角的な視点から自分なりの評価基準を確立することが不可欠である。

用語集

  • NFT(Non-Fungible Token): 「ノンファンジブル・トークン」の略。ブロックチェーン技術を利用して、デジタルデータに偽造不可能な所有証明書を記録し、唯一無二の価値を持たせる技術。日本語では「非代替性トークン」と訳される。
  • ブロックチェーン: 取引履歴(トランザクション)を暗号技術によって鎖(チェーン)のようにつなげ、正確な取引履歴を維持しようとする技術。複数のコンピューターに分散して記録されるため、改ざんが極めて困難という特徴を持つ。
  • スマートコントラクト: ブロックチェーン上で、あらかじめ設定されたルールに従って取引を自動的に実行するプログラムのこと。NFTの発行や移転は、このスマートコントラクトによって管理されている。
  • ガス代: イーサリアムなどのブロックチェーン上で取引を実行する際に必要となる手数料のこと。ネットワークの混雑具合によって価格が変動する。
  • ミント(Mint): NFTをブロックチェーン上で新規に発行・生成すること。
  • ホワイトリスト: 特定のNFTプロジェクトにおいて、一般販売に先駆けて、あるいは割引価格でNFTをミントできる権利を与えられたウォレットアドレスのリスト。
  • オンチェーン: ブロックチェーン上に記録されている、または行われる事象のこと。取引履歴やトークンの移動などが含まれる。
  • オフチェーン: ブロックチェーンの外で発生する事象のこと。SNSでの議論やニュース記事、コミュニティの活動などが含まれる。

参考文献一覧

[1] Nadini, M., et al. (2021) “Mapping the NFT revolution: market trends, trade networks, and visual features.” Scientific Reports.https://doi.org/10.1038/s41598-021-00053-8

[2] Dowling, M. (2021) “Is non-fungible token pricing driven by cryptocurrencies?” Finance Research Letters.https://doi.org/10.1016/j.frl.2021.102097

[3] Horky, F., Rachel, C., Fidrmuc, J. (2022) “Price determinants of non-fungible tokens in the digital art market.” Finance Research Letters.https://doi.org/10.1016/j.frl.2022.103007

[4] Oh, J., Oh, H. (2023) “The Art NFTs and Their Marketplaces.” arXiv:2210.14942.https://doi.org/10.48550/arXiv.2210.14942

[5] What Determines the Price of NFTs? (ETH Zürich, 2023) arXiv:2310.01815.https://doi.org/10.48550/arXiv.2310.01815

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