ESGスコアは将来のリターンを予測するか?学術研究が示す現実

ESG投資は、企業の環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)への取り組みを評価し、投資判断に組み込む手法です。近年、気候変動や人権問題への関心の高まりから、ESG投資は世界的な潮流となっています。多くの投資家が「ESG評価の高い企業は、持続的な成長が期待でき、将来的に高いリターンをもたらすのではないか」という期待を抱いています。しかし、この期待は学術的な研究によってどの程度裏付けられているのでしょうか。

普通のサイトでは、ESG投資を肯定的な側面からのみ解説することが多いかもしれません。しかし、その主張には十分な根拠が示されていないことも少なくありません。当メディアは、学術論文という信頼性の高いソースに基づき、この問いに対して多角的な視点から光を当てます。例えば、2000を超える過去の実証研究を統合したメタ分析では、調査対象となった研究の約90%が、ESGと企業の財務パフォーマンスの間に非負の関係、つまりポジティブまたは中立的な関係を見出しています [1]。これは、ESGへの取り組みが少なくとも企業の足を引っ張るものではないことを示唆する強力な証拠と言えるでしょう。

ただし、過去の財務パフォーマンスとの間に正の相関があるからといって、それがそのまま将来の高い株価リターンを予測することを意味するわけではありません。本記事では、ESGスコアと将来のリターンの関係について、複数の学術研究を紐解きながら、その複雑な実像に迫ります。この記事を読み終える頃には、ESG投資が単なる理想論ではなく、リスク、リターン、そして市場の非効率性と深く関わる、知的な挑戦であることが理解できるはずです。


ESGスコアの重要性と投資判断への影響

なぜESGが投資家にとって重要なのか

現代の投資家にとって、ESGは単なる倫理的な配慮に留まらず、投資リターンそのものに影響を与える重要な要素となっています。気候変動による物理的リスクや規制強化、あるいは人権問題によるサプライチェーンの寸断や不買運動などは、企業の評判を損ない、最終的には財務的な損失に直結する可能性があります。ESGスコアは、こうした非財務情報に隠れたリスクを評価するための重要な指標となります。また、逆に環境技術やダイバーシティ推進といった分野は、新たな収益機会の源泉ともなり得ます。このように、ESGはリスク管理とリターン追求の両面から、無視できない要素となっているのです。

ESGスコアを無視するリスク

ESGスコアを考慮しない投資戦略は、意図せず特定の種類の機会やリスクを見過ごすことにつながる可能性があります。例えば、社会的な規範によって投資家から敬遠されがちなタバコ、アルコール、ギャンブルといった「罪深い株(Sin Stocks)」に関する研究があります。この研究によれば、これらの銘柄は機関投資家からの保有が少なく、アナリストによる調査も手薄になる傾向があります。その結果、市場から無視されることで株価が割安に放置され、結果として他の銘柄よりも高いリターンを生み出す可能性が示されています [3]。この事実は、ESGという規範が市場で価格形成に影響を与えている証拠です。裏を返せば、ESGを重視する流れが加速すれば、ESG評価の低い企業は資金調達コストの上昇や株価の低迷といったリスクに直面する可能性も考えられます。

ESG情報の「マテリアリティ」がもたらす差

全てのESG活動が等しく重要というわけではありません。企業の財務パフォーマンスに実質的な影響を与えるESG課題は、業界ごとに異なります。この「マテリアリティ(重要性)」という概念は、ESG投資の成果を左右する鍵となります。ある研究では、各業界にとってマテリアルなESG課題に優れたパフォーマンスを示す企業は、そうでない企業に比べて将来の株価パフォーマンスが良好である一方、マテリアルではない(重要性の低い)ESG課題に注力している企業では、そのような関係は見られなかったことが報告されています [2]。これは、単に全体のESGスコアが高い企業に投資するだけでは不十分であり、その取り組みが企業の事業内容と関連し、財務的な重要性を持っているかを見極める必要があることを示唆しています。


ESG投資の理論的背景と市場への影響

均衡モデルから見るサステナブル投資

投資家の中にESGへの取り組みを高く評価する人々が増えると、市場の価格形成にどのような影響が及ぶのでしょうか。近年の金融経済学の理論モデルは、この問いに一つの示唆を与えています。このモデルによれば、多くの投資家がESG評価の高い「グリーン銘柄」を好んで購入しようとすると、その需要の高さから株価は割高になり、将来期待できるリターンは逆に低下する可能性があります [4]。一方で、投資家から敬遠されがちなESG評価の低い「ブラウン銘柄」は、その不人気さゆえに株価が割安となり、そのリスクを引き受ける投資家に対してより高い期待リターンを提供する可能性があるのです [4]。これは、ESG投資が倫理的な満足感をもたらす一方で、金銭的なリターンにおいてはトレードオフの関係が生じる可能性を示しています。

マーケットに潜む非対称性と摩擦:ESGスコアの視点から

ポジティブファクター:Asymmetry

ESG投資における収益機会は、市場に存在する情報の非対称性を利用することで生まれる可能性があります。市場参加者の間で、企業のESG活動に関する情報や、その情報が将来の企業価値に与える影響についての解釈が異なる場合、そこに非対称性が生じます。例えば、前述の「マテリアリティ」の概念は、この非対称性を活用する好例です [2]。多くの投資家が表層的なESGスコアに注目している中で、特定の業界における財務的に重要なESG課題を深く分析し、企業の真の価値を見抜くことができれば、それは収益の源泉となり得ます。市場がまだ織り込んでいない重要なESG情報を正しく評価することが、アルファ、すなわち市場平均を上回るリターンを生み出す鍵となるのです。

ネガティブファクター:Friction

一方で、ESG投資にはその効果を阻害する様々な「摩擦」が存在します。最も大きな摩擦の一つは、ESG評価そのものの信頼性です。評価機関によって評価基準や重点項目が異なるため、同じ企業であっても評価機関ごとにスコアが大きく異なるという問題が指摘されています。これは投資家が企業のESGパフォーマンスを正確に把握することを困難にし、適切な投資判断を妨げる摩擦となります。また、企業が実態以上にESGに取り組んでいるように見せかける「グリーンウォッシング」も深刻な問題です。さらに、ポートフォリオにESGという制約を加えること自体が、一種の摩擦として機能する側面もあります。ある研究では、ESGを考慮したポートフォリオ構築は、伝統的なリスクとリターンの二次元で最適化されたポートフォリオからの乖離を生む可能性があり、これがリターンを押し下げる要因になり得ると論じられています [5]。


ESGスコアを投資に活かすための具体的なアクション

すぐできること

  • ESGスコアを多角的に見る: 一つの評価機関のスコアを鵜呑みにせず、複数の機関のスコアを比較してみましょう。なぜスコアに違いがあるのかを考えることで、企業のESG活動の多面的な理解につながります。
  • 「マテリアリティ」を意識する: 投資を検討している企業の業界にとって、財務的に最も重要なESG課題は何かを考えてみましょう。企業の統合報告書やサステナビリティレポートを読み、その重要な課題に対して具体的な目標や実績を示しているかを確認することが有効です [2]。
  • グリーンウォッシングを見抜く: 抽象的な美辞麗句だけでなく、具体的なデータや第三者による検証があるかを確認しましょう。企業の主張がその行動と一致しているかを見極めることが重要です。

長期的に取り組むこと

  • 自身の投資哲学を確立する: ESG投資には、金銭的リターンと社会的インパクトの間でトレードオフが生じる可能性があります [4]。また、「罪深い株」が高いリターンを生む可能性も認識する必要があります [3]。自身が投資を通じて何を実現したいのか、どのようなリスクとリターンを許容するのかを明確にすることが、長期的な成功の鍵となります。
  • ESG効率的フロンティアの概念を学ぶ: 伝統的な投資理論では、リスクとリターンの二次元で最適なポートフォリオ(効率的フロンティア)を探します。これにESGという三つ目の軸を加え、三次元でポートフォリオの最適化を目指す「ESG効率的フロンティア」という考え方が提唱されています [5]。この概念を学ぶことで、自身の価値観と財務的目標を両立させる、より洗練されたポートフォリオ構築を目指すことができます。

総括

この記事では、ESGスコアが将来のリターンを予測するかという問いについて、学術的な知見を基に探求しました。キーポイントは以下の通りです。

  • 多くの研究が、ESGと企業の財務パフォーマンスの間にポジティブまたは中立的な関係を示していますが、これが直接的に将来の高リターンを保証するわけではありません [1]。
  • 企業の財務に実質的な影響を与える「マテリアル(重要)」なESG課題への取り組みこそが、将来の超過リターンにつながる可能性があります [2]。
  • 理論的には、投資家のESGへの選好が強まることで、ESG評価の高い企業の株価は割高になり、期待リターンは低下する可能性があります [4]。
  • 社会規範から敬遠される「罪深い株」は、市場から無視されることで割安に放置され、結果として高いリターンを生むという研究結果もあります [3]。
  • 賢明なESG投資は、単にスコアの高い企業を選ぶだけでなく、リスク、リターン、そしてESGという3つの要素のバランスを考慮したポートフォリオ最適化を必要とします [5]。

用語集

  • ESG投資: 環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の3つの非財務情報を考慮して行う投資のこと。
  • ESGスコア: 企業のESGへの取り組みやパフォーマンスを、専門の評価機関が分析し、数値や格付けで示したもの。
  • マテリアリティ(重要性): ある情報が、企業の財務状況や経営成績に重要な影響を与える可能性。ESGの文脈では、企業の財務に実質的な影響を与える可能性のあるESG課題を指す。
  • グリーンウォッシング: 環境配慮などを謳いながら、実態が伴っていない企業活動のこと。環境配慮をしているように見せかける見せかけの行動。
  • 罪深い株(Sin Stocks): タバコ、アルコール、ギャンブル、武器製造など、倫理的・社会的な規範に反すると見なされる業種の株式。
  • アルファ: 市場平均(ベンチマーク)の動きから期待されるリターンを上回った、超過収益の部分。
  • 効率的フロンティア: 現代ポートフォリオ理論における概念。同じリスク水準で得られる最大限のリターン、または同じリターン水準で引き受けるべき最小限のリスクとなるような、最適なポートフォリオの組み合わせを結んだ線のこと。

参考文献一覧

[1] Friede, G., Busch, T., & Bassen, A. (2015). ESG and financial performance: Aggregated evidence from more than 2000 empirical studies. Journal of Sustainable Finance & Investment, 5(4), 210-233.https://doi.org/10.1080/20430795.2015.1118917

[2] Khan, M., Serafeim, G., & Yoon, A. (2016). Corporate sustainability: First evidence on materiality. The Accounting Review, 91(6), 1697-1724.https://doi.org/10.2308/accr-51383

[3] Hong, H., & Kacperczyk, M. (2009). The price of sin: The effects of social norms on markets. Journal of Financial Economics, 93(1), 15-36.https://doi.org/10.1016/j.jfineco.2008.09.001

[4] Pástor, Ľ., Stambaugh, R. F., & Taylor, L. A. (2021). Sustainable investing in equilibrium. Journal of Financial Economics, 142(2), 550-571.https://doi.org/10.1016/j.jfineco.2020.12.011

[5] Pedersen, L. H., Fitzgibbons, S., & Pomorski, L. (2021). Responsible investing: The ESG-efficient frontier. Journal of Financial Economics, 142(2), 572-597.https://doi.org/10.1016/j.jfineco.2020.11.001

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